私たち中小製造業の現場では、「DX」や「工場の見える化」なんて言われても、ピンとこない方がまだまだ多いと思います。なぜなら「Googleで『製造業 DX』と検索してみても、なんだか曖昧な言葉ばかりで、事例はたくさん出てくるけど、結局何をすればいいの?」というのが本音だと思うからです。それもそのはず、「工場をデジタルで変革する」とは言うものの、具体的に「どんなデジタルデータを」「どうやって扱えばいいのか」は、なかなか見えてこないですよね。
さらに困ったことに、「工場DX」という言葉が一人歩きしているのに、デジタルデータの定義や、どんなデータが必要なのか、といった基本的なことが、どこにも明確に書かれていないのが現状です。これでは、現場の私たちが混乱するのも無理はありません。「DX、DXって言うけど、ウチの工場で具体的に何をどうしろって言うんだよ!」と、頭を抱えているリーダーも多いことでしょう。
そこで今回はそんな皆さんのモヤモヤを解消すべく、本当の製造業における工場DXを解説しつつ「工場の見える化」に必要な5つのデータ要素について、とことんわかりやすく解説していくことにします。
では今回も読み終えるまでのお時間、しばらくお付き合いくださいませ。
なぜデジタル化が必要なのか?
ではそもそも、なぜデジタル化が必要なんでしょうか?それは皆さんも肌で感じていると思いますが、私たち製造業を取り巻く環境は、まさに「厳しい」状況にあります。ここでは、その現実を数字で見ていきましょう。そして、「なぜ今、デジタル化が必要なのか?」を一緒に考えていきたいと思います。
日本の製造業が直面する事実
まず、日本全体の人口の話から始めます。これが、私たち製造業にも大きく関わってくるんです。
- 人口がどんどん減っている!: 2022年、日本の人口はなんと1年で50万人も減少しました。これは、大きな市が一つ丸ごと消えてしまったようなものです。人が減れば、当然働く人も減ります。
- 高齢化が止まらない!: 2025年には、65歳以上の人が人口の30%を占めると言われています。つまり、3人に1人が高齢者という、まさに「超高齢化社会」がやってきます。若い働き手が少なくなるのは、現場の皆さんなら痛いほど感じているのではないでしょうか。
- 出生率も低下、でも打つ手なし…: 子どもの数が減り続けていて、しかも、これを解決する有効な策がなかなか見つからないのが現状です。つまり、将来の働き手も期待できない、ということです。
これらの数字を見ると、「人手不足」は今後ますます深刻になることがわかります。でも、これは私たち製造業だけの問題ではありません。日本全体が直面している大きな課題なのです。
製造業で働く人も減っている…
では、製造業で働く人の数はどうでしょうか?
- 製造業で働く人は約1000万人: 日本全体で約6700万人が働いている中で、製造業で働く人は約1000万人。割合でいうと約15%です。この数字、実はここ数年、ほとんど増えていないんです。
- 女性の活躍の場が少ない…: 製造業で働く女性の割合は、他の業界と比べてまだまだ低いのが現状です。ちなみに、台湾では製造業でも女性がたくさん活躍しています。日本も見習いたいところですね。
これらのデータから、製造業では「働き手がなかなか増えない」「女性の活躍の場が限られている」という課題が見えてきます。
人手不足が当り前の時代に
さらに追い打ちをかけるのが、働き方改革です。
- 働く人が減っている: 人口が減っているので、当然、働ける人(生産年齢人口)も減っています。
- 働く時間も減っている: 働き方改革で、一人当たりの労働時間が短くなっています。これは良いことでもありますが、現場としては「仕事は減らないのに、時間は減る」というジレンマを抱えることになります。
- 結果、製造業全体の労働時間が減少: これらの影響で、日本の製造業全体の総労働時間はこの数年でかなり減少しているんです。
つまり、「人は減る、時間も減る、でも仕事は減らない(むしろ増えるかも…)」。これが、私たちが直面している現実です。
このような状況の中で、今までと同じやり方を続けていたらどうなるでしょうか?おそらく、現場はますます疲弊し、品質の低下や納期の遅れといった問題が頻発するでしょう。だからこそ、「デジタル化」によって、限られた人員と時間で、今まで以上の成果を出す必要があるのです。
次の章では、その「デジタル化」の具体的な中身について、一緒に見ていきましょう!
DXで必要なデジタルデータとは?
さて、前の章で「デジタル化が必要だ!」という話はしましたが、「じゃあ具体的に何をどうすればいいの?」と思いますよね。ここでは、その疑問にズバリお答えします!
なぜDXはわかりにくくなるのか?
まず、なぜ「DX」という言葉がわかりにくいのか、その理由を考えてみましょう。それは、「DX」という言葉が、いろいろな場面で、いろいろな意味で使われているからです。 例えば、営業部門のDXと、私たち製造現場のDXでは、やろうとしていることが全く違います。
さらに、ITベンダーやコンサルタントが使う「DX」と、私たちが現場で考える「DX」にも、大きなギャップがあります。彼らの話は、最新のIT技術や、大きな投資が必要なシステム導入の話になりがちで、私たち現場の人間からすると、「そんなこと言われても、ウチの現場では現実的じゃないよ…」と感じてしまうことが多いのです。
つまり、「DX」という言葉の使い方がバラバラなために、話が混乱して、わかりにくくなってしまっているのです。
製造現場のデジタル変革に必要な5つのデータ要素
では、私たち製造現場にとって、本当に必要なデジタル化とは何でしょうか?実は、それは次の5つの軸に整理することができます。
ここではまず、名前だけを挙げておきます。それぞれの詳しい説明は、後ほどじっくり行いますので、安心してくださいね。

- 要素1:SCADA(スキャダ)=監視制御システム
- 要素2:MES(メス)=生産実行システム
- 要素3:CMMS(シーエムエムエス)=設備保全システム
- 要素4:QMS(キューエムエス)=品質管理システム
- 要素5:THREAT(スレット)=サイバーセキュリティ
「なんだか難しそうな名前が並んでる…」と思った方もいるでしょうね。でも、大丈夫!これらはすべて、私たち製造現場の仕事を楽にし、効率を高めるための「道具」です。
5つの軸を理解するためのヒント
これらの5つの要素を理解するためのヒントを一つお伝えします。それは、「工場の状態を把握し、より良くするためのデータ」という視点です。
- SCADA: 工場の機械が今どう動いているのか、「今の状態」を知るためのデータを扱います。
- MES: どうすれば効率よく生産できるのか、「生産計画」を立て、実行するためのデータを扱います。
- CMMS: 機械が壊れないように、「設備の健康状態」を管理するためのデータを扱います。
- QMS: 製品の品質を良くするために、「品質」に関するデータを扱います。
- THREAT: 大切なデータを守るために、「セキュリティ」に関するデータを扱います。
このように考えると、少しイメージしやすくなるのではないでしょうか?
最重要なSCADAとは?
前の章で紹介した5つの要素の中でも、特に重要なのがSCADA(スキャダ)です。なぜなら、SCADAは工場の「今」を知るための、最も基本となる「道具」だからです。
SCADAとは何か?:現場の「今」を見える化する
SCADAは、Supervisory Control And Data Acquisition の略で、日本語では「監視制御システム」と呼ばれます。簡単に言うと、工場の機械や設備の「今の状態」を、リアルタイムで見える化するためのシステムです。
例えば、
- 今、どの機械が動いていて、どの機械が止まっているのか?
- 機械はどれくらいのスピードで動いているのか?
- 今日の生産数はいくつで、不良品はいくつ出たのか?
といった情報を、パソコンやタブレットの画面で、一目で確認できるイメージです。百聞は一見に如かず、まずは有名な三菱電機社製のSCADAのソフトを紹介しますので、SCADAがどのようなものか、イメージをつかんでみましょう。
三菱電機社製SCADAソフト:GENESIS64

特徴1:見やすい
WEBブラウザによる監視やモバイルアプリの用意など、端末を選ばない柔軟な監視システムを構築。豊富な見える化機能により、画面の見やすさを追求。

特徴2:使いやすい
ニーズに合わせた様々なシステム運用を実現。これからの時代の使いやすさを追求。

特徴3:だから、わかりやすい!
大規模システムにおける膨大なデータを有効活用するために、多彩なアウトプット機能を搭載。“解りやすさ”を追求。

どうでしょうか?SCADAがどのようなものか、少しイメージできたでしょうか?
設備総合効率(OEE):あなたの工場の機械はどれだけ働いている?
SCADAを理解する上で、もう一つ重要なキーワードが「設備総合効率(OEE)」です。これは、機械がどれだけ効率よく働いているかを示す指標です。
OEEは、以下の4つの要素から計算されます。
-1024x590.png)
- 負荷時間: 実際に機械に負荷をかけ仕事させた時間。
- 時間稼働率: 機械が動いていた時間の割合。
- 性能: 機械が本来のスピードで動いていたかの割合。
- 良品率: 生産したもののうち、良品の割合。
「ウチの機械は24時間フル稼働してるぞ!」と思っていても、実はOEEが低い、つまり、機械が本来の力を発揮できていない場合がよくあります。例えば、頻繁にチョコ停(ちょっとした停止)が発生したり、段取り替えに時間がかかったり、不良品が多くて手直しが発生したりすると、OEEは低下します。
SCADAを導入することで、これらの要素を「見える化」し、「どこにムダがあるのか?」「どうすれば改善できるのか?」 を分析できるようになります。
三菱電機の事例:SMT工程の見える化
ここで、三菱電機がどのようにSCADAを活用しているのか、その事例を見てみましょう。
三菱電機では、電子部品を基板に実装するSMT(Surface Mount Technology)工程で、SCADAを活用しています。SMT工程は、多くの機械が複雑に連携して動くため、全体の状況を把握するのが難しい工程です。
SMT工程の見える化、実は難しい
なぜSMT工程の見える化が難しいのか、その理由をいくつか挙げてみましょう。
- データの出方がバラバラ: SMT工程で使われる機械は、メーカーや機種によって、データの出力方法が異なります。そのため、全てのデータを一元管理するためには、それぞれの機械に合わせたシステム構築が必要になります。
- 生産条件が複雑: SMT工程では、製品ごとに、ヘッドやノズルの構成、生産プログラム、リールの段取りなどを細かく設定する必要があります。さらに、複数の品種を同時に生産することも多く、段取り替えも頻繁に発生します。これらの複雑な生産条件を、システム上で正確に管理する必要があります。
しかもSMT工程は「生産の上流」であることが多く、「工程の肝」であるため、その生産性が工場全体の生産性に大きく影響するため、問題の重要性も高いと同時に、複雑化させる原因でもあります。
三菱電機がやっていること
このSMT工程で三菱電機では、SCADAを活用して、以下のような取り組みを行っています。
- チョコ停・エラーの見える化と分析: 毎朝、ショートミーティングで、前日に発生したチョコ停やエラーの原因を分析し、対策を立てています。これにより、「要因を潰す」 ことができ、稼働率が向上します。
- タクトバランスの調整: 各工程のタクトタイム(作業時間)を「見える化」し、バランスを調整することで、全体の生産効率を高めています。その結果、稼働率は70%前後を維持しています。これは非常に高い数値です!
- 段取り替えの支援: どの製品をどの機械で生産するか、どのリールをどの機械にセットするかといった、段取り替えの指示をシステム上で行うことで、作業の効率化を図っています。
- 設計部門へのフィードバック: 不良品の発生状況などのデータを分析し、設計部門にフィードバックすることで、製品設計の改善につなげています(自動車業界でいうMBD:モデルベース開発の考え方)。
- 作業者のスキル向上: 作業の開始と終了をシステムに入力することで、作業時間を記録し、作業者の熟練度を「見える化」しています。これにより、評価の妥当性を高め、作業者のモチベーション向上にもつながっています。
三菱電機の事例からわかるように、SCADAは単にデータを「見える化」するだけでなく、「改善につなげる」 ことが重要です。そうしてはじめて、デジタルを使う現場とデジタルを使わない現場との間には歴然の差がつくはずですよね。
次の章では、このSCADAと密接に関係する「生産性」について、さらに深掘りして考えていきましょう。
では、生産性とは何か?
SCADAの話を続ける前に、ここで一度、「生産性」という言葉について考えてみましょう。よく聞く言葉ですが、実は奥が深いんです。
トヨタ生産方式が教えてくれる「作業」の分類
「生産性」について考える上で、非常に参考になるのが、トヨタ生産方式の考え方です。トヨタ生産方式では、工場のあらゆる作業を、次の3つに分類しています。
-1024x575.png)
- 付加価値を生む作業(価値作業): これは、製品に直接価値を加える作業のことです。例えば、部品を加工したり、組み立てたりする作業がこれにあたります。
- 付加価値を生むために必要な作業(付随作業): これは、直接価値は生まないけれど、1の作業を行うために必要な作業のことです。例えば、部品を運んだり、機械の段取り替えをしたりする作業がこれにあたります。
- ムダな作業: これは、製品に何の価値も加えず、全く必要のない作業のことです。例えば、不要な在庫を持ったり、手待ち時間が発生したり、不良品を作ったりする作業がこれにあたります。
ここで重要なのは、「②付加価値を生むために必要な作業」と「③ムダな作業」が、私たちが思っている以上に多いということです。
工場全体のスループットを高める:各工程が速くても意味がない?!
「生産性を高める」と言うと、つい「各工程の作業を速くする」と考えがちです。しかし、トヨタ生産方式では、「工場全体のスループット(生産量)を高めること」 が重要だと考えます。
どういうことか、具体例で見てみましょう。
ある工場に、3つの工程があるとします。
- 工程1:サイクルタイム(1個作るのにかかる時間) 20秒
- 工程2:サイクルタイム 30秒
- 工程3:サイクルタイム 20秒
各工程の間には、搬送時間があるとします。

この場合、
- 工程1は、1日7時間で、最大1260個生産できます。
- 工程2は、1日7時間で、最大840個しか生産できません。
- 工程3は、1日7時間で、最大1260個生産できますが、工程2から840個しか流れてこないので、実際には840個しか生産できません。
つまり、工程1でいくら頑張って1260個作っても、工程2がボトルネック(全体の生産量を制限する工程)となって、工場全体のスループット(生産量)は840個にしかならないのです。それどころか、工程1と工程2の間に、420個もの在庫が発生してしまいます。これは、「作りすぎのムダ」 ですね。
さらに、この在庫を移動させたり、保管したりするために、「運搬のムダ」 。さらに 「手待ちのムダ」 も発生します。このように、一つの工程だけを速くしても、他の工程とのバランスが悪いと、かえってムダを生んでしまうのです。
ムダを徹底的になくし、付加価値だけを高める
では、どうすれば良いのでしょうか?トヨタ生産方式では、「ムダを徹底的になくし、付加価値を生む作業の割合を高める」 ことが重要だと考えます。
必要な作業とは、例えば、
- 工程間の部品の搬送
- 異なる製品を作るための機種切り替え
- プレス加工などで使う金型の段取り替え
- 機械の保守・メンテナンス
などです。これらは、直接価値は生まないけれど、生産には欠かせない作業です。
一方、ムダな作業とは、例えば、
- 作りすぎのムダ: 必要以上に多く作ってしまうこと
- 手待ちのムダ: 作業と作業の間に発生する待ち時間
- 運搬のムダ: 不要なモノの移動
- 加工そのもののムダ: 必要以上に複雑な加工や、過剰な品質の追求
- 在庫のムダ: 必要以上の在庫を抱えること
- 動作のムダ: 不要な動作や、非効率的な動作
- 不良を作るムダ: 不良品を作ってしまうこと
これらのムダをなくすことで、生産性を高めることができます。生産性を考える上で、この「7つのムダ」は、すべての人が理解しておくべき重要なポイントです。
三菱電機の取り組みから学ぶこと
ここで、先ほど紹介した三菱電機の取り組みを、もう一度見てみましょう。
三菱電機がSMT工程で見える化しているのは、
- チョコ停の発生状況や、エラー停止の原因
- 各工程の加工時間
- 各装置のタクトタイム
などです。
なぜ、これらのデータを見える化しているのでしょうか?それは、「工程の加工時間の偏り」が、ムダの元凶になるからです。
三菱電機では、各装置のタクトタイムを色分けして表示し、「どの工程に時間がかかっているのか?」「ボトルネックはどこか?」 を一目でわかるようにしています。そして、「1つの装置に生産が集中しないように」、つまり、「工場全体のスループットを最大化するように」、データを活用しているのです。
SCADAは、改善のための「道具」
このように、**SCADAは、工場の「今」を見える化し、改善に役立つデータを取得・表現するための「道具」**です。
もちろん、製造現場によって、必要なデータは異なります。しかし、「正味作業」「加工のために必要な作業」「ムダ」を見極め、スループットを最大化するという考え方は、どんな現場にも共通する、非常に重要なポイントです。
これらの考え方を持たずに、ただ闇雲にデータを集めても、改善には結びつきません。「何のためにデータを取るのか?」「どうすればムダをなくし、付加価値を高められるのか?」 を常に意識することが大切です。
次の章では、この「生産性」をさらに高めるための「道具」である、MESについて解説していきます!
MESとは何か?
前の章では、SCADAを使って工場の「今」を見える化し、生産性を高めるためのヒントを学びました。ここでは、さらに一歩踏み込んで、「どうすれば、もっと効率よく生産できるのか?」 を実現するための「道具」、**MES(メス)**について解説します。
MES:製造現場の司令塔
MESは、Manufacturing Execution System の略で、日本語では「製造実行システム」と呼ばれます。その名の通り、「製造をうまく実行するためのシステム」 です。
皆さんの工場でも、
- 「今日はどの製品を、どの順番で作ろうか?」
- 「どの機械で、どの部品を使って、誰が作業しようか?」
といったことを、日々考えて、決めていると思います。MESは、このような「生産計画」を立て、実行し、管理するための、いわば「製造現場の司令塔」のような存在です。
現場の悩み:複雑すぎる生産計画
しかし、現実はそう簡単ではありません。特に、多品種少量生産の現場では、生産計画を立てるのが非常に複雑になります。
- 部品の種類が膨大: 製品の種類が増えれば、それだけ使用する部品の種類も増えます。場合によっては、数千種類の部品を管理しなければならないこともあります。
- 部品供給のタイミング: それぞれの部品を、必要な時に、必要な場所に、必要な数だけ供給しなければなりません。一つでも欠けると、生産が止まってしまいます。
- 生産順序: どの製品を、どの順番で作るかによって、生産効率は大きく変わります。段取り替えを最小限に抑え、機械の稼働率を最大化するには、どうすれば良いでしょうか?
- 様々な設備と人: 工場には、ロボット、AGV(無人搬送車)、工作機械、専用装置、搬送設備など、様々な設備があります。そして、それらを操作する「人」もいます。
- ワーク(加工対象)の変化: ワークが変われば、加工方法や手順も変わります。それに合わせて、設備の設定や人の配置も変更しなければなりません。
これらの要素をすべて考慮して、最適な生産計画を立てるのは、まさに至難の業です。ベテランのカン・コツ・経験(KKD)に頼っている現場も多いのではないでしょうか?
MESが、現場の悩みを解決!
そこで登場するのが、MESです!MESは、これらの複雑な要素をすべて考慮して、最適な生産計画を立て、実行を支援してくれます。
例えば、
- SIEMENS製の「プラントシミュレーション」 というソフトウェアを使うと、工場内のモノの流れや人の動きを、まるでゲームのように「見える化」することができます。
- このソフトウェア上で、様々な生産シナリオをシミュレーションすることで、「どの順番で、どの機械を使って、どの製品を作れば、最も効率が良いのか?」 を事前に検証することができます。
- 実際の生産が始まったら、SCADAから収集したデータを使って、計画通りに生産が進んでいるかを監視し、問題があればすぐに対処することができます。
つまり、MESは、「経験と勘」に頼るしかなかった生産計画を、「データに基づいた、最適な計画」へと進化させてくれるのです。
ちなみに、SMT(表面実装技術)の分野では、すでに多くのメーカーが、このような生産シミュレーション機能を備えたソフトウェアを提供しています。また、日立製作所のように、AIを使って生産計画を自動生成する、先進的な取り組みを行っている企業もあります。
製造業におけるIoTの役割
ここで、よく耳にする「IoT(モノのインターネット)」という言葉についても、少し触れておきましょう。製造業におけるIoTとは、「現場の様々なモノ(機械、設備、部品など)をインターネットにつなげて、データを収集すること」 を意味します。
しかし、「IoT=データを集めること」自体が目的ではありません。 集めたデータを、SCADAで「見える化」し、MESで「活用」することで、初めて意味を成すのです。
つまり、IoTは、SCADAやMESを実現するための「手段」 に過ぎません。「IoTを導入しただけでは、現場は何も変わらない」 ということを、しっかりと覚えておいてください。
IoTは、あくまでも「現場を変えるための土壌を作る、入口」なのです。
次の章では、設備の安定稼働に欠かせない「道具」、CMMSについて解説していきます!
CMMS=予知保全システムとは?
前の章では、MESを使って「どうすれば、もっと効率よく生産できるのか?」を考えてきました。ここでは、「機械が故障で止まらないようにするには、どうすれば良いのか?」 を実現するための「道具」、CMMS(シーエムエムエス)について解説します。
CMMS:機械の健康を守る主治医
CMMSは、Computerized Maintenance Management System の略で、日本語では**「設備保全管理システム」と呼ばれます。簡単に言うと、「機械の健康状態を管理し、故障を未然に防ぐためのシステム」** です。
皆さんの工場でも、機械のメンテナンスは定期的に行っていると思います。しかし、従来のメンテナンスは、
- 「前回いつ点検したっけ?」
- 「そろそろ部品交換の時期だけど、まだ大丈夫かな?」
- 「突然の故障で、生産がストップしてしまった!」
といったように、経験や勘に頼ったり、問題が発生してから対処したりすることが多かったのではないでしょうか?
CMMSは、このような問題を解決し、「機械の主治医」 のような役割を果たしてくれます。
IoTで設備の健康状態を見える化
CMMSでは、IoT技術を使って、機械の様々なデータを収集し、分析します。 例えば、
- モーターの振動や温度
- オイルの汚れ具合や圧力
- 部品の摩耗状態
などのデータを、センサーを使ってリアルタイムで監視します。これらのデータは、いわば**「機械の健康診断データ」** です。
CMMSは、これらのデータを分析することで、「いつもと違う」兆候をいち早く察知し、故障が発生する前に、適切なメンテナンスを行うことができるように支援してくれます。これを**「予知保全」** と言います。
予知保全で、こんなメリットが!
予知保全を行うことで、以下のようなメリットがあります。
- 機械のダウンタイムを削減できる: 故障が発生する前にメンテナンスを行うことで、生産がストップする時間を最小限に抑えることができます。
- メンテナンスコストを削減できる: 必要な時に、必要なメンテナンスだけを行うことで、無駄なコストを削減できます。
- 機械の寿命を延ばすことができる: 適切なメンテナンスを行うことで、機械を長く、安全に使い続けることができます。
- メンテナンス作業の効率化: メンテナンスの履歴や手順をシステム上で管理することで、作業の効率化が図れます。
つまり、CMMSは、「機械を止めない、壊さない」 ための、強力なツールなのです。
CMMSは、安定稼働の守護神
CMMSは、私たち現場リーダーにとって、「安定稼働の守護神」 とも言える存在です。
- IoTで機械の状態を「見える化」し、
- 集めたデータから故障の予兆を察知し、
- 予知保全によって、機械の安定稼働を実現する。
これが、CMMSの役割です。
次の章では、製品の品質を守るための「道具」、QMSについて解説していきます!
QMS=品質管理システム
ここまでは、主に「生産効率」や「設備の安定稼働」の話をしてきましたが、製造業にとって最も大切なのは、何と言っても**「製品の品質」** です。ここでは、「どうすれば、不良品を出さずに、良い製品を作り続けられるのか?」 を実現するための「道具」、**QMS(キューエムエス)**について解説します。
QMS:製造工程の品質を保証する番人
QMSは、Quality Management System の略で、日本語では「品質管理システム」と呼ばれます。簡単に言うと、「製造工程全体の品質を管理し、保証するための仕組み」 です。
皆さんの工場でも、製品の品質を維持するために、様々な検査やチェックを行っていると思います。しかし、従来の品質管理は、
- 「検査結果が、紙に手書きで記録されている…」
- 「問題が発生した時に、原因を特定するのが大変…」
- 「作業者によって、品質にバラツキがある…」
といったように、アナログな手法に頼っている部分も多かったのではないでしょうか?
QMSは、このような問題を解決し、「製造工程の品質を保証する番人」 のような役割を果たしてくれます。
品質に関するあらゆるデータをデジタル化
QMSでは、品質に関するあらゆるデータをデジタル化し、一元管理します。例えば、
- はんだクリームの粘度: SMT工程では、はんだクリームの状態が、製品の品質に大きく影響します。
- 組み立ての締め付けトルク: ネジやボルトの締め付けが適切でないと、製品の故障や事故につながります。
- 焼き入れの温度情報: 熱処理工程では、温度管理が非常に重要です。
これらのデータは、ほんの一例です。実際には、製品や工程によって、管理すべきデータは異なります。
QMSでは、これらのデータを、センサーや測定機器を使って自動的に収集したり、作業者がタブレットなどを使って簡単に入力したりすることができます。
手書きは絶対やめよう!紙文化からの脱却
ここで、皆さんにお伝えしたいのは、「手書きは絶対にやめよう!」 ということです。
残念ながら、まだまだ多くの工場で、検査結果や作業記録が、紙に手書きで記録されています。しかし、紙での管理は、
- データを探すのに時間がかかる
- データの集計や分析が大変
- データの紛失や改ざんのリスクがある
など、様々な問題があります。
「紙文化から脱却できない工場は多い」 のが現実ですが、それではいつまで経っても、品質を改善することはできません。
データを「取る」だけではダメ、「改善」につなげよう!
そして、もう一つ重要なのは、「データを取るだけではダメ」 ということです。
QMSは、データを収集し、分析し、「改善につなげる」 ための仕組みです。
例えば、
- 「ある工程で、不良品が頻発している…」
- 「特定の作業者の不良率が高い…」
- 「ある機械で作った製品に、不具合が多い…」
といった問題を、データに基づいて特定し、原因を分析することができます。
そして、その原因を解消するために、
- 作業手順を見直したり、
- 作業者を再教育したり、
- 機械のメンテナンスを強化したり、
といった具体的な対策を立て、実行することができます。
つまり、QMSは、「品質問題の根本原因を見つけ出し、改善につなげる」 ための、強力なツールなのです。
QMSは、品質向上への羅針盤
QMSは、私たち現場リーダーにとって、「品質向上への羅針盤」 とも言える存在です。
- 品質に関するあらゆるデータをデジタル化し、
- データに基づいて問題を特定し、原因を分析し、
- 改善につなげることで、品質を向上させる。
これが、QMSの役割です。
次の章では、工場をサイバー攻撃から守るための「盾」、THREATについて解説していきます!
THREAT(スレット)=サイバーセキュリティ監視は工場を守る堅牢な「盾」
ここまでは、主に「生産効率」や「品質」の話をしてきましたが、工場を運営する上で、忘れてはならないのが「セキュリティ」です。ここでは、「どうすれば、工場をサイバー攻撃から守ることができるのか?」を実現するための「盾」、THREAT(スレット)について解説します。
サイバー攻撃は、他人事ではない!
「ウチみたいな小さな工場が、サイバー攻撃なんて受けないよ」と思っていませんか?それは、大きな間違いです!近年、製造業を狙ったサイバー攻撃が急増しています。
例えば、
- 工場のサーバーが攻撃を受けて、生産データが暗号化されてしまった…
- 身代金を要求されたが、支払ってもデータが戻ってこなかった…
といった被害が、実際に発生しています。しかも、データが戻ってくる割合は5割程度とも言われ、その被害は甚大です。これは、特定の企業が公表している事例ですが、実際には多くの中小企業が泣き寝入りしているのが現状です。
なぜ、製造業が狙われるのか?
では、なぜ製造業が狙われるのでしょうか?その理由は、「制御とデジタルの融合」 にあります。
近年、工場の機械や設備は、どんどんデジタル化され、ネットワークにつながるようになりました。これは、生産効率を高める上で大きなメリットがありますが、同時に、サイバー攻撃のリスクも高まっているのです。
特に、ソフトウェアのオープン化が進む中で、セキュリティ対策が不十分なシステムは、格好の標的となります。
欧州では、サイバーセキュリティが「当たり前」
日本では、まだまだ「セキュリティは後回し」という意識が強いかもしれません。しかし、欧州では、サイバーセキュリティは、製品を販売するための「前提条件」 となりつつあります。
例えば、
- ネットワークに接続する設備は、すべて「IEC 62443」 という国際規格に準拠しなければならない
- 「EUサイバーレジリエンス法」 により、製品のセキュリティ対策が義務付けられる
- 「SBOM(Software Bill Of Materials)」 の対応が必須となる
といったように、厳しい規制が導入され始めています。
SBOMとは、ソフトウェアを構成するコンポーネントや、その依存関係などをリスト化したもので、セキュリティ対策を強化するために用いられます。
つまり、「セキュリティ対策が不十分な製品は、欧州では売れない」 という時代が、すぐそこまで来ているのです。
まとめ:THREATは、工場を守るための「盾」
THREATは、私たち現場リーダーにとって、「工場を守るための盾」 とも言える存在です。
- サイバー攻撃のリスクを正しく認識し、
- 適切なセキュリティ対策を講じ、
- 常に最新の脅威情報を収集し、対策を更新する。
これが、THREATの役割です。
これまでの5つの要素、SCADA、MES、CMMS、QMS、そしてTHREAT。これらはすべて、工場のデジタル化(DX)を実現し、競争力を高めるために必要な「道具」です。
まとめ:製造業DX成功のための5つのデータ要素
ここまで、製造業のDXを成功に導くための、5つの重要なデータ要素について解説してきました。それぞれの要素は、工場の様々な側面を「見える化」し、改善するための、強力な「道具」です。
ここで、もう一度、5つの要素をおさらいしておきましょう。
- SCADA(監視制御システム): 工場の「今」を見える化し、生産のボトルネックを発見する。
- 現場の動態を可視化するツール
- 設備総合効率(OEE)の最大化に貢献
- 三菱電機の事例: SMT工程のデータ活用で、稼働率70%前後を実現
- MES(製造実行システム): 生産計画を最適化し、効率的な生産を実現する。
- 最適な生産実行を支援するツール
- 多品種少量生産における複雑な生産管理を効率化
- SIEMENSのプラントシミュレーション: モノとヒトの動きを見える化し、最適な生産段取りを実現
- CMMS(設備保全管理システム): 設備の故障を予知し、安定稼働を実現する。
- IoTを活用した予知保全システム
- 設備の負荷状況をデータで分析し、故障を未然に防ぐ
- 機械のダウンタイム削減、メンテナンスコストの最適化に貢献
- QMS(品質管理システム): 品質のバラツキをなくし、顧客満足度を向上させる。
- 品質データのデジタル化を推進するツール
- 手書き記録の廃止、データに基づいた品質改善活動の実現
- 不良発生の根本原因を特定し、再発防止につなげる
- THREAT(サイバーセキュリティ監視): 工場をサイバー攻撃から守り、事業継続を確保する。
- 工場へのサイバー攻撃対策は必須
- 制御とデジタルが融合する時代、セキュリティ対策は製品競争力に直結
- 欧州ではセキュリティ対策が前提: IEC 62443、EUサイバーレジリエンス法、SBOM対応が求められる
これら5つのデータ要素は、それぞれが独立しているわけではなく、相互に関連し合っています。
例えば、
- SCADAで収集したデータは、MESで生産計画を最適化するために活用できます。
- CMMSで収集したデータは、QMSで品質問題の原因を特定するために活用できます。
- そして、これらのシステム全体を、THREATでサイバー攻撃から守る必要があります。
つまり、5つの要素を組み合わせて活用することで、より大きな効果を発揮するのです。
製造業のDXは、一朝一夕には実現できません。 しかし、ここで紹介した5つのデータ要素を理解し、自社の現場に合わせて活用することで、「見える化」 を進め、「改善」 を繰り返し、「競争力」 を高めていくことができます。
この長い道のりを、皆さんと一緒に歩んでいけることを、心から願っています。
製造業の未来は、私たちの手の中にあるのですから