【BtoB製造業】価格転嫁が成功しない営業5つの盲点

~BtoB製造業の営業が見落としがちな“顧客を知る力”~

製造部SEIZOU-BU運営メンバー、中小企業診断士の松本泰良です。

前回、「価格転嫁は、未来事業へのパスポート」というテーマで、BtoB製造業が価格転嫁に向き合う意味についてお伝えしました。

今回は、「注文待ちスタイルが比較的強いBtoB製造業が、顧客との交渉(営業)で見落としがちな5つの盲点」について、自身の営業経験、支援経験も交えながら述べたいと思います。価格転嫁を成功さるための前段階として、BtoB製造業の皆様にはぜひ知っておいて欲しい視点です。

価格転嫁は、単なる値上げではありません。自社がこれからも事業を継続し、従業員を守り、設備を更新し、顧客へ安定した品質・納期・技術を提供し続けるための重要な経営活動です。

しかし、実際に価格転嫁に取り組もうとすると、多くの中小製造業が壁にぶつかります。

「値上げをお願いしても断られるのではないか」
競合他社に仕事を取られるのではないか」
「顧客との関係が悪くなるのではないか」

このような不安から、なかなか一歩を踏み出せない企業も少なくありません。

BtoB製造業の現場を見ていると、価格転嫁が進まない本当の理由は、資料不足や交渉テクニック不足だけではないと感じます。むしろ、その前段階である「営業における情報収集活動」が十分にできておらず、価格転嫁を難しくしているケースが多いのです。

つまり、顧客のことを十分に知らないまま、価格転嫁をお願いしようとしている。ここに大きな盲点があります。

価格転嫁を容易にする営業活動とは、値上げを切り出す直前の行動ではありません。日頃から顧客を深く知り、顧客の事業環境、顧客の先にある市場、自社製品の使われ方、顧客が抱える課題、顧客内での自社の立ち位置まで把握しておくことです。

目次

1.顧客の決算実績・事業計画・中長期ビジョンを知る

1-1.顧客企業の経営状況を知らなければ、価格転嫁の切り出し方を誤る

価格転嫁を進めるうえで、まず重要なのは顧客企業の経営状況を知ることです。

多くの中小製造業では、顧客から図面を受け取り、見積を出し、受注し、納品するという流れが営業活動の中心になっています。そのため、営業担当者は顧客の購買担当者や技術担当者とは接点があっても、顧客企業全体の決算実績や今期の事業計画、中長期の事業ビジョンまでは把握していないことが少なくありません。

しかし、価格転嫁が受け入れられるかどうかは、顧客企業の経営状況や事業方針に大きく左右されます。

たとえば、顧客企業の売上が伸びており、今後も成長分野への投資を進めている場合、安定調達や品質維持を重視している可能性があります。このような顧客であれば、単なるコスト削減よりも、供給の安定性や技術対応力を評価してくれる余地があります。

一方で、顧客企業の収益が悪化していたり、今期の経営方針が徹底した原価低減であったりする場合、価格転嫁の受け止め方は厳しくなります。その場合は、価格改定だけを正面から申し出るのではなく、ロット条件、納期条件、仕様変更、検査条件なども含めた取引条件の見直しとして提案する必要があります。

つまり、顧客の経営状況を知らなければ、価格転嫁の切り出し方を間違えてしまうのです。

1-2.決算情報を営業戦略に結びつけて読む

ここで大切なのは、顧客の決算情報を単なる数字として見るのではなく、営業戦略に結びつけて読むことです。売上は伸びているのか。利益率は改善しているのか。キャッシュフローは万全か。設備投資を増やしているのか。どの事業分野に注力しているのか。調達方針はコスト重視なのか、安定供給重視なのか。このような視点で顧客を理解すると、価格転嫁の提案内容は大きく変わります。

顧客が今後伸ばしたい製品群に自社部品が使われているのであれば、「今後の増産に安定対応するための体制維持費用」として価格改定を説明できます。顧客が品質強化を掲げているのであれば、「品質維持・検査体制強化のための必要コスト」として説明できます。

1-3.顧客の将来方針と自社の役割を結びつける

価格転嫁は、自社都合だけで進めると断られやすくなります。顧客の事業計画や中長期ビジョンと結びつけて説明できれば、単なる値上げではなく、顧客の将来事業を支えるための協議に変わります。

価格転嫁に強い営業は、顧客の注文を待つ営業ではありません。顧客の決算、事業計画、将来方針を読み取り、自社の役割を考える営業なのです。

2.自社から先のサプライチェーンと末端市場を知る

2-1.直接顧客だけを見ていると、価格転嫁の背景が見えない

2つ目の盲点は、自社から先のサプライチェーンを知らないまま営業していることです。

BtoB製造業では、自社の直接の顧客だけを見て営業してしまうことがよくあります。たとえば、自社が金属部品を加工している場合、直接の販売先は部品メーカーや装置メーカーかもしれません。しかし、その部品はさらに上位の完成品メーカーに納入され、最終的には特定の業界や消費者、事業者に使われています。

つまり、自社製品は顧客で止まっているわけではありません。必ずその先のサプライチェーンにつながっています。

2-2.末端市場の動向で顧客の交渉姿勢は変わる

価格転嫁を考えるうえで、この「顧客の先」を知ることは非常に重要です。なぜなら、顧客の先にある市場が伸びているのか、縮小しているのかによって、顧客の価格交渉に対する姿勢が変わるからです。

自社の部品が半導体製造装置や医療機器、環境関連設備、EV関連部品など、今後も需要が見込まれる分野に使われている場合、顧客にとって重要なのは単なる安さだけではない可能性があります。安定供給、品質保証、短納期対応、技術対応力が重視されます。

一方で、成熟市場や縮小市場向けの製品であれば、顧客も厳しい価格競争にさらされている可能性があります。その場合は、単純な価格転嫁が難しく、工程改善や仕様変更、代替材料、取引条件の見直しを含めた提案が必要になります。

営業担当者は、自社部品が最終的にどの業界で使われているのか、その業界は成長しているのか、顧客の顧客は誰なのか、完成品メーカーはどのような方針を打ち出しているのかを把握する必要があります。

2-3.価格転嫁を、サプライチェーン全体を支える協議に変える

この情報を持っている営業と持っていない営業とでは、顧客との会話の深さがまったく変わります。

価格転嫁の場面でも、「当社のコストが上がったので価格を見直してください」という説明だけでは弱いものです。しかし、「御社の先の市場でも安定供給が求められていると理解しています」「今後も短納期対応を継続するには、一定の加工体制を維持する必要があります」と説明できれば、価格転嫁は単なる値上げではなく、サプライチェーン全体を支える話になります。

顧客の先を知らない営業は、価格だけで交渉しがちです。顧客の先を知っている営業は、供給責任や市場変化を踏まえて協議できます。この差は非常に大きいと思います。

3.自社製品がどのように使われているかを知る

3-1.図面だけでなく、完成品の中での役割を見る

3つ目の盲点は、自社製品が最終製品の中にどのように組み込まれているのかを知らないことです。

中小製造業では、図面通りに加工する、指定通りに納品する、品質基準を満たすことに意識が向きがちです。もちろん、それは製造業として非常に重要です。

しかし、価格転嫁を進める営業においては、それだけでは不十分です。

自社が作っている部品が、顧客の製品のどこに使われているのか。その部品が壊れると、完成品にどのような影響が出るのか。その部品には、どの程度の精度や強度、耐久性が求められているのか。顧客の製品価値の中で、自社部品はどのような役割を持っているのか。

これを理解しているかどうかで、営業の説得力は変わります。

3-2.自社部品の重要度が、価格転嫁の難易度を左右する

たとえば、自社部品が完成品の安全性や耐久性に関わる重要部品であれば、顧客は簡単に仕入先を変更できません。その場合、自社の品質管理力や安定供給力は、顧客にとって大きな価値です。

逆に、汎用品に近い部品で、代替先が多く、価格比較されやすいものであれば、価格転嫁の難易度は高くなります。その場合は、価格以外の価値をどう作るか、あるいは取引条件をどう見直すかが重要になります。

営業担当者に必要なのは、図面だけを見るのではなく、完成品を見ることです。顧客の製品カタログを確認する。展示会で顧客の完成品を見る。顧客のホームページで用途事例を調べる。顧客の技術担当者に、自社部品の使われ方を教えてもらう。こうした地道な活動が必要です。

3-3.顧客製品の価値を守るための価格改定として説明する

自社製品の使われ方を理解している営業は、価格転嫁の場面で「この部品は御社製品の重要箇所に使われているため、品質安定を最優先にしています」「不良発生時の影響が大きいため、検査工程を維持する必要があります」「精度要求に対応するため、設備保全や工具管理に一定のコストがかかっています」と説明できます。

これは単なるコスト説明ではありません。顧客製品の価値を守るための説明です。

価格転嫁において、意外に重要なのは「自社製品の価値を自社が理解しているか」です。自社が自社製品の価値を説明できなければ、顧客も価格改定を受け入れにくくなります。

営業担当者は、「何を作っているか」だけでなく、「どこで、どのように使われ、どんな価値を支えているか」まで把握する必要があります。

4.顧客が抱える問題点や課題を掴む

4-1.受注対応だけでは、顧客の本当の困りごとは見えない

4つ目の盲点は、顧客が現在抱えている問題や課題を知らないまま営業活動をしていることです。

BtoB製造業の営業では、日々の業務が受注対応中心になりがちです。しかし、この受け身の営業活動だけでは、顧客が本当に困っていることを把握することはできません。

価格転嫁は、「自社のコストが上がったから価格を上げてほしい」という自社都合だけでは通りにくいものです。顧客が抱えている問題や課題と結びつけて説明できて初めて、「その価格改定には意味がある」と受け止めてもらいやすくなります。

4-2.顧客課題と結びつけると、値上げではなく価値提供になる

たとえば、顧客にはさまざまな課題があります。短納期対応に困っている。品質不良を抑えたい。調達先の廃業や人手不足に不安を感じている。小ロット多品種対応の負担が増えている。在庫を減らしたいが欠品リスクも避けたい。設計変更への対応スピードを上げたい。海外調達の不安定さから国内調達を見直している。BCPの観点から安定した協力会社を確保したい。

このような顧客課題を把握していれば、価格転嫁の伝え方は大きく変わります。

単に「材料費や人件費が上がったので、価格を改定させてください」と伝えるだけでは、顧客にとっては負担増の話にしか聞こえません。

しかし、「御社では短納期対応が増えていると伺っています。当社としても、急な納期変更に対応できる体制を維持するためには、一定の人員体制と設備稼働を確保する必要があります」と伝えれば、価格改定は顧客課題への対応を支える話になります。

また、「品質要求が高まる中で、検査工程や工具管理を強化しています。今後も安定品質で供給を続けるために、加工費の一部見直しをお願いしたい」と説明できれば、単なる値上げではなく、品質維持のための協議になります。

4-3.顧客の業務を理解しに行く営業が必要になる

ここで大切なのは、価格転嫁の前に、顧客の困りごとを聞く営業活動をしているかどうかです。

普段の訪問で、「最近、納期面で困っていることはありませんか」「品質面で当社に改善してほしい点はありますか」「今後増えそうな製品はありますか」「調達先の見直しやBCP対応で課題はありませんか」といった質問をしているでしょうか。

多くの営業現場では、「何か注文はありませんか」「見積案件はありませんか」という聞き方になりがちです。しかし、それでは顧客の本当の課題は見えてきません。

顧客課題を知るためには、受注を取りに行く営業ではなく、顧客の業務を理解しに行く営業が必要です。購買担当者だけでなく、設計部門、生産管理部門、品質保証部門、製造部門の困りごとも把握することが大切です。

価格転嫁に強い営業は、自社の事情を話す前に、顧客の課題を理解しています。顧客が何に困っているのか。顧客が何を守りたいのか。その中で自社はどのように貢献できるのか。この問いを持つことが重要です。

5.顧客内での自社の立ち位置と競合他社を知る

5-1.「競合に切り替えられる不安」を情報で整理する

5つ目の盲点は、顧客内における自社の立ち位置を知らないことです。

価格転嫁を申し出る際、多くの企業が不安に思うのは、「競合他社に切り替えられるのではないか」ということです。この不安は当然です。しかし、その不安を漠然と抱えているだけでは、適切な営業判断はできません。

重要なのは、顧客内で自社がどのような位置づけにあるのかを把握することです。

自社は主要仕入先なのか。補完的な仕入先なのか。緊急対応先なのか。特殊加工を任されているのか。価格は高いが品質で評価されているのか。価格は安いが代替されやすい存在なのか。競合他社はどのような設備、技術、価格、納期対応力を持っているのか。

この情報がなければ、価格転嫁の進め方を誤ります。

5-2.自社の立ち位置によって、価格転嫁の進め方は変わる

たとえば、自社が顧客にとって重要な加工を担っており、代替先が少ない場合、価格転嫁の交渉余地は比較的大きいと考えられます。その場合は、遠慮しすぎず、必要な根拠を示して堂々と協議することが重要です。

一方で、自社が汎用品を扱っており、競合が多く、価格比較されやすい立場にある場合は、単純な値上げ要請では難航します。その場合は、納期対応、品質安定、小ロット対応、設計変更対応、トラブル時の即応力など、価格以外の価値を整理して伝える必要があります。

また、競合他社の事業内容を知ることも重要です。競合はどの加工領域を得意としているのか。設備能力はどの程度か。短納期対応に強いのか。品質管理体制はどうか。量産向きなのか、多品種少量向きなのか。

この情報を持つことで、自社が価格転嫁を申し出る際のリスクと勝ち筋が見えてきます。

5-3.競合比較は価格だけでなく、品質・納期・対応力で見る

ここで注意したいのは、競合を単に「価格が安い相手」と見るだけでは不十分だということです。BtoB製造業の顧客は、必ずしも最安値だけで仕入先を選んでいるわけではありません。品質、納期、対応力、技術提案、トラブル対応、供給安定性など、さまざまな要素を見ています。

特に、部品や加工品が顧客の生産に深く関わっている場合、安いだけの仕入先へ簡単に切り替えることはできません。切り替えには、品質確認、工程確認、試作、承認、量産移行などの手間がかかります。顧客にとっても、仕入先変更にはリスクがあるのです。

この点を理解していない営業は、「値上げを言ったらすぐに切られる」と過度に恐れてしまいます。

もちろん、強気になりすぎるのは危険です。しかし、自社の立ち位置や競合状況を正しく把握していれば、必要以上に萎縮する必要はありません。

価格転嫁が実現するかどうかは、どれだけ多くの情報を多く集め、それに対処できるかで可能性が大きく変化します。自社が顧客内でどのような価値を持っているのか。競合と比べて何が優れているのか。逆に、どこが弱いのか。顧客はなぜ自社に発注しているのか。この問いに答えられる営業は、価格転嫁の場面でも説得力を持つことができます。

まとめ.価格転嫁の前に、営業はもっと顧客を知らなければならない

BtoB製造業における価格転嫁は、単なる価格交渉ではありません。

原価資料を作ることも大切です。コスト上昇分を整理することも必要です。価格改定のお願い文を準備することも重要です。しかし、それだけでは十分ではありません。

価格転嫁を容易にする本当の営業力とは、顧客を深く知る力です。

顧客の決算実績や今期事業計画、中長期ビジョンを知ること。自社から先のサプライチェーンや末端市場の動向を知ること。自社製品が組み込まれる製品の使われ方を知ること。顧客が現在抱えている問題や課題を知ること。顧客内での自社の立ち位置と競合他社の状況を知ること。

この5つができていないまま価格転嫁を進めようとすると、どうしても「お願い型の値上げ」になってしまいます。

お願い型の値上げは、顧客にとって受け入れにくいものです。一方で、顧客の経営状況、サプライチェーン、製品用途、顧客課題、自社の立ち位置を理解したうえで進める価格転嫁は、単なる値上げではなく、持続可能な取引関係をつくるための協議になります。

多くの中小製造業では、営業活動が「受注対応」になりがちです。顧客から図面が来る。見積を出す。注文を受ける。納品する。この流れだけを営業活動と考えてしまうと、価格転嫁の場面で弱くなります。

これからのBtoB製造業の営業には、受注を待つだけではなく、顧客の事業を理解し、顧客の課題を把握し、自社の価値を伝え、適正な利益を確保する力が求められます。

価格転嫁は、突然始めるものではありません。日頃の営業活動の積み重ねの中で、価格転嫁がしやすい関係性と情報基盤を作っておくものです。

顧客を知ること。顧客の先を知ること。自社製品の価値を知ること。顧客の課題を知ること。自社の立ち位置を把握すること。

この5つの営業活動が、価格転嫁を容易にする極意です。

価格転嫁は、自社の未来事業へのパスポートです。そして、そのパスポートを顧客に認めてもらうためには、日頃から顧客を深く知り、顧客課題に向き合い、自社の価値を説明できる営業活動が欠かせないのです。

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この記事を書いた人

総合電機メーカーでの営業および商品企画の実務経験を併せ持つ「現場と経営を繋ぐ」専門家です。過去に製品リコールによる深刻な経営危機と組織の疲弊を味わった原体験から、「皆様に同じ思いはさせない」との強い覚悟で支援に取り組んでいます。市場から製造に至るバリューチェーン全体の知見を活かし、原価の見える化やPSI(生産・販売・在庫)計画の最適化、部門間の分断を解消する仕組み構築を通じ、事業全体の最適化と収益力向上に伴走します。

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