現場の皆さん、明けましておめでとうございます。 新しい年が始まりましたが、工場の朝の冷え込みは相変わらず厳しいですね。今年も怪我なく、安全第一でやっていきましょう。
さて、年初だからこそ、皆さんと共有したい「今年のテーマ」があります。 私たち製造現場の人間は、「いいモノを作れば、必ず分かってもらえる」という信念を持って仕事をしています。それは間違いなく私たちの誇りです。
しかし、残念ながら「いいモノを作っていれば、それだけで会社も現場も守れる時代」は終わってしまいました。
材料費は上がる、電気代も上がる。それなのに、売値はそのまま……。
会社からは「もっとコストを下げろ」「値上げ交渉が必要だ」という声が聞こえてきますが、そこで飛び交う「アワーレート」だの「チャージ」だの「ベア」だのといったよくわからない横文字を耳にすると、正直うんざりしてしまいますよね。
「それは経理や営業の仕事でしょ? 俺たち現場には関係ないよ」
しかし、実はこれらの言葉は、皆さまが思っているほど難しい経営用語ではありません。
これは、私たち現場が流している「汗」と、磨いてきた「技術(時間)」の価値を、数字で表したものなのです。ここを理解していないと、私たちの頑張りや技術が「安売り」され続けることになってしまいます。
今回は、教科書的な説明は一切ナシで、現場目線でこれらの用語を「翻訳」していきたいと思います。
なぜ会社が「値上げ、値上げ」と必死になるのか。どうすれば私たちの給料や職場を守れるのか。そのための「3つのキーワード」を一緒に紐解いていきます。
なので今回も、読み終えるまでのお時間、しばらくお付き合いくださいませ。
基礎知識①:「アワーレート」「チャージ」とは何?そして何が違う?
会社でよく耳にする「アワーレート」と「チャージ」。
どちらも「1時間あたりの金額」を指す言葉ですが、現場ではこの2つがごちゃ混ぜに使われていることがよくあります。
しかし、この2つは似て非なるもの。「自分たちの本当のコスト」と「お客様への請求額」という決定的な違いがあります。
ここを曖昧にしたままだと、「あんなに頑張って作ったのに赤字だった」という悲劇が起きてしまいます。
分かりやすく、私たちの工場を「タクシー事業」に例えて解説しましょう。
似ているようで全く違う! タクシー事業で例えると?
アワーレート(Cost Rate)
- 現場への翻訳:これはズバリ、「原価(コスト)」です。タクシーで言えば、「ガソリン代 + 運転手さんの給料 + 車両の車検代や保険代」を足し合わせた、走るために絶対にかかる実費の合計のこと。
- 工場のリアル:私たち現場の人間にとってのアワーレートは、単なる「作業者の時給」だけではありません。機械を動かす電気代、設備の減価償却費(ローン)、工場の家賃、軍手や油などの消耗品費……これら全てをひっくるめて、「工場を1時間動かすのに、実際いくらかかっているか?」という数字です。
- ポイント:これより安い金額で仕事を請け負うと、動けば動くほど会社のお金が減っていく「完全な赤字」になります。
チャージ(Charge / Price)
- 現場への翻訳:こちらは、「売価(請求単価)」です。タクシーで言えば、お客様が支払う「メーター運賃」のことです。
- 工場のリアル:お客様に見積もりとして提示する「1時間あたりの加工賃」です。ここには、先ほどの「アワーレート(実費)」に加えて、会社が存続し、将来の投資をするための「利益」が上乗せされていなければなりません。
- ポイント:「アワーレート(コスト) + 利益 = チャージ(売価)」という式が成り立っているのが正常な状態です。
ここで起きている大問題
今、多くの中小製造業で起きている深刻な問題。それは、「アワーレート(コスト)」は爆上がりしているのに、「チャージ(売価)」が昔のまま止まっているということです。
電気代は上がり、材料費も上がり、最低賃金も上がっています。つまり、タクシーの「ガソリン代」や「維持費」は跳ね上がっています。
それなのに、お客様からもらう「メーター運賃」が10年前と同じだったらどうなるでしょうか?
「一生懸命アクセルを踏んで走れば走るほど、手元にお金が残らない」*いう理不尽な状態になってしまいます。
会社が言っている「値上げ交渉」とは、単にお金欲しさに言っているわけではありません。
「ガソリン代(アワーレート)がこれだけ上がってしまったので、メーター運賃(チャージ)の設定を変えさせてください」
と、お客様に説明し、適正な働きに見合った対価を取り戻そうとしているのです。
基礎知識②:「ベースアップ(ベア)」「定期昇給」とは何?何が違うの?
ニュースで「大手企業が満額回答でベア達成!」なんて言葉をよく耳にしますよね。
「俺たちの給料も上がるのかな?」と気になるところですが、実はこの「ベア(ベースアップ)」と、毎年なんとなく上がっている「定期昇給」は、値上げ交渉においては全く別物として扱わなければなりません。
ここを混同していると、「給料が上がったんだから、もっと働け!」という理不尽な精神論になりかねません。何が違うのか、しっかり整理しておきましょう。
なぜ今、「ベア」が価格交渉の理由になるのか
定期昇給(定昇)
- 解説:年齢や勤続年数、あるいは個人のスキルアップに応じて給料が上がることです。「今年はA君が溶接の免許を取ったから給料アップ」といった、「個人の成長」に対する対価です。
- 交渉の視点:厳しい話ですが、これは基本的に「自助努力」で吸収すべきものとされます。「ベテランになって給料が上がった分、作業スピードも上がって生産性が高まったよね?」と見なされるからです。つまり、これだけを理由に値上げをするのは、少し筋が通りにくいのです。
ベースアップ(ベア)
- 解説:こちらは、「給与テーブルそのもの」の底上げです。個人の能力に関係なく、新入社員の初任給も含め、全従業員の給料を一律で上げること(例:全員一律+1万円)を指します。
- 現場への翻訳:これはズバリ、「インフレ手当」です。スーパーの卵がインフレが原因で高くなり、家の電気代も上がり、ガソリン代も上がっている。今の給料のままでは、従業員が生活できなくなってしまう……。だから、会社が従業員の「生活を守るため」に給与水準全体を引き上げるもの、これがベースアップ(ベア)です。
交渉のポイント
ここが一番重要です。
「定期昇給」は私たちの頑張りの結果ですが、「ベア」は私たちの頑張りとは無関係なく「外部環境(世の中のインフレ)」への対応コストです。つまりウチの会社の責任ではなく、国全体としてそうなっている、から価格を見直す。
電気代が上がったら、材料代が上がったら、当たり前に製品価格に転嫁されますよね? そういったニュースが溢れていると思います。それと全く同じ理屈です。
「世の中の物価が上がって、従業員の生活コスト(原価)が上がってしまった。だから、その分を製品価格(チャージ)に乗せさせてください」
これは、会社のワガママでも何でもなく、我が国で展開している会社事業=ビジネスとして、極めて正当な主張なのです。
基礎知識③:魔法の杖「フォーミュラ制(スライド条項)」とは
「材料が上がったから値上げのお願いに行かなきゃ……」
「でも、この前上げたばっかりだし、また客先に嫌な顔されるなぁ」
現場の皆さんも、営業担当が胃を痛めながらこんな悩みを抱えているのを見たことがありませんか?
毎回毎回、頭を下げて「お願い」をするのは、精神的にも本当にしんどい作業です。
そこで今、製造業界で注目されている最強の解決策があります。それが、値上げ交渉を自動化する魔法の杖、「フォーミュラ制(スライド条項)」です。
フォーミュラ制(スライド条項)は、毎回ケンカしないための「自動価格改定ルール」
フォーミュラ制(スライド条項)とはどんな仕組み?
横文字で難しそうに聞こえますが、日本語に翻訳すると「変動費連動型・自動改定ルール」です。
これは、「その都度交渉する」のではなく、最初に「計算式(フォーミュラ)」を決めて握手しておくやり方です。
「材料の鉄価格や、地域の電気代が〇〇円上がったら、製品単価も自動的に△△円上げますね(逆に下がったら、ちゃんと下げますよ)」
という約束を、契約書にあらかじめ盛り込んでおくのです。
フォーミュラ制(スライド条項)を身近な例でイメージしよう
一番わかりやすいのが、飛行機のチケットを買うときにかかる「燃油サーチャージ」です。
原油価格が上がると、チケット代とは別にサーチャージが自動的に加算されますよね? 逆に原油が安くなれば、サーチャージも下がったりゼロになったりします。
空港のカウンターで「おい、今月のサーチャージ高すぎるぞ! まけろ!」と値切り交渉をしている人はいませんよね?
なぜなら、それが「原価連動のルールだから」です。
あれと同じ仕組みを、私たち製造業の取引にも導入しよう、という話です。
フォーミュラ制(スライド条項)の現場にとってのメリット
この仕組みを導入する最大のメリットは、「不毛な話し合い」がなくなることです。
- これまでの交渉:「上げてください」「嫌だ」「なんとかお願いします」「じゃあ今回だけな」という、感情が絡む「お願い」ベースの戦い。
- フォーミュラ制導入後:「先月、電気代が基準を超えたので、来月の単価はルール通り+10円になります」という、淡々とした「事務処理」。
営業担当が毎回頭を下げて回る必要がなくなり、現場も「適正な価格」が自動的に守られる。
精神的な負担を激減させ、お互いに本来の「ものづくり」の話に集中できるようになる。まさに、現場を守るための「賢い知恵」なのです。
【実践編】学んだ用語を使って「値上げの根拠」を作ってみよう
ここまで、3つの重要なキーワード(アワーレート/チャージ、ベア、フォーミュラ制)を学んできました。
知識として知っているだけでも十分すごいですが、せっかくならこれを「現場を守る武器」として実際に使ってみましょう。
「値上げ交渉なんて、営業の仕事でしょ?」
そう思うかもしれませんが、現場の私たちが「数字の根拠」を作って渡してあげるだけで、営業担当は自信を持ってお客様と戦えるようになります。
簡単な3ステップで、その手順を紹介します。
ステップ1:自社の「アワーレート」の変化を知る
まずは、自分たちの工場の「時給(コスト)」が、去年と比べてどれくらい上がっているかを知ることからスタートです。
具体的なアクション
事務所にいる経理や総務の担当者に、ちょっとだけ勇気を出して聞いてみてください。
「うちの工場の『年間の総コスト(人件費+経費)』と『総稼働時間』って、去年と今年でどれくらい変わってますか?」
もし細かい数字が出せなくても、ざっくりとした傾向だけで計算できます。
- 計算式:
年間の総コスト ÷ 年間の総稼働時間 = アワーレート - 例:
- 昨年:アワーレート 3,000円
- 今年:アワーレート 3,200円
- 結果: 1時間あたり +200円 上昇している!
この「+200円」という数字こそが、誰も否定できない「事実」です。
ステップ2:製品ごとの「値上げ額」に落とし込む
次に、その上昇分を、毎日作っている製品ひとつひとつに当てはめていきます。
ここで重要なのが、私たち現場が持っている「加工時間(サイクルタイム)」のデータです。
具体的な計算例
例えば、ある部品Aを作るのに「30分(0.5時間)」かかるとします。
- 計算式:
アワーレートの上昇分(200円) × 作業時間(0.5時間) = コスト上昇分 - 答え: 100円
つまり、この部品Aは、去年と同じ値段で売っていたら「1個あたり100円の赤字(持ち出し)」になっているということです。
これが分かれば、やるべきことは一つ。
「最低でも100円上げてもらわないと、作れば作るほど損をします」と、根拠を持って主張できます。
「なんとなく上げてください」と言うのと、「計算上、100円足りません」と言うのとでは、説得力が天と地ほど違います。
ステップ3:「フォーミュラ制」の導入を打診する
最後に、これからの交渉を楽にするための「仕掛け」を提案します。
営業担当に、「次はこう言って交渉してみてはどうですか?」とメモを渡してあげてください。
交渉トークの例
「毎回毎回、お値段の交渉でお時間をいただくのは、御社にとっても大変な手間(コスト)になってしまいますよね。
そこで提案なのですが、今後は半年ごとに『材料費と労務費(アワーレート)の変動分』だけを、ルールに従って自動的に調整する『フォーミュラ制』で運用しませんか?
そうすれば、お互いに面倒な駆け引きなしで、常に適正価格で取引が続けられます」
ポイントは、相手にとっても「交渉の手間が省ける」というメリットを伝えること。
これで合意できれば、現場の努力が「インフレ」や「材料高騰」に飲み込まれることなく、しっかりと利益として残るようになります。
まとめ:製造業の値上げ交渉に必要な3つの用語を優しく解説
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
最初は「アワーレート」だの「フォーミュラ」だの、聞き慣れない横文字に抵抗があったかもしれません。
でも、中身を知ってみれば、どれも「私たちの仕事の価値を正しく守るための道具」だと分かっていただけたのではないでしょうか。
今回のポイントを、もう一度現場目線で整理しておきます。
- アワーレートとチャージ:「アワーレート(コスト)」が上がっているのに、「チャージ(売価)」がそのままだと、走れば走るほど赤字になる。
- ベア(ベースアップ):個人の頑張りへのご褒美ではなく、「インフレ対応コスト」。だから堂々と価格に転嫁していい。
- フォーミュラ制:「お願い」の交渉を卒業し、変動費に合わせて自動で価格を変える「賢いルール」を導入する。
今日からできる最初の一歩
明日、工場の仲間や上司との会話で、ぜひこんな風に問いかけてみてください。
「ねぇ、うちの工場のチャージ(1時間あたりの売り値)って、今いくらになってるか知ってる?」
意外と、誰も答えられないかもしれません。あるいは、驚くほど安い金額のままになっているかもしれません。
まずは自分たちの「時間の価値」を知ること。
それが、理不尽な安売りから抜け出し、会社と現場を守るための第一歩になります。


