【品質管理の考え方③】事実に基づく管理=なぜ、対策したのに問題が再発する?「見たつもり」で終わらせない”現実”を直視する三現主義の正しい使い方

【品質管理の考え方③】事実に基づく管理=なぜ、対策したのに問題が再発する?「見たつもり」で終わらせない現実を直視する三現主義の正しい使い方

「すみません…。先月みんなで対策した、あの不良がまた出てます…」

その報告を聞いた瞬間、あなたの職場の空気が、一瞬にして凍りつく。メンバー同士が、言葉もなく顔を見合わせる。そこには、「あれだけ頑張ったのに」という、重たい徒労感と、気まずい沈黙だけが広がっている…。

あなたは、そんな、心が折れそうになる経験をしたことがありませんか?

少し前の記憶が、鮮明に蘇ります。チーム全員で時間をかけて知恵を出し合い、原因を分析し、やっとの思いで対策を打った。あの時の安堵感と達成感は、一体何だったのか。「なぜだ!」と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、あなたはまた、埃をかぶり始めたばかりの、あの対策報告書に、手を伸ばすのです。

しかし、もし、その再発の原因が、あなたのチームの努力不足でも、対策そのものが間違っていたわけでもないとしたら、どうでしょう。

本当の問題は、もっと手前の、ほんのささいな所にあるのかもしれません。それは、対策の大前提となる『事実』の捉え方が、私たちの認識と、ほんの少しだけズレていた、ただそれだけのことなのです。私たちは、物事を正しく「見た」のではなく、ただ「見たつもり」になっていただけなのかもしれません。

そこで今回は、そんな「問題の再発」という悪夢のループを、今回で断ち切るためのものです。多くの真面目なリーダーが陥ってしまう「見たつもり」という罠の正体を解き明かし、物事の本質、つまり“現実”を、ありのままに正確に捉えるための、シンプルかつ最強の武器——「三現主義」の正しい使い方を、あなたにお渡しします。

今回も読み終えるまでのお時間、しばらくお付き合いくださいませ。

目次

問題再発の根本原因。あなたの現場に蔓延する「見たつもり」という病

さきほど問題再発の原因は「事実の捉え方のズレ」にある、とお話ししました。そのズレを生み出している犯人こそが、私たち誰もが感染する可能性のある、非常に厄介な病——「見たつもり」です。

この病は、決して珍しいものではありません。むしろ、真面目で、責任感の強いリーダーほどかかりやすい、と言えるかもしれません。そして、この病は、主に4つの代表的な症状となって、私たちの正しい判断を静かに、しかし確実に曇らせていくのです。

「4つの”つもり”」が正しい判断を曇らせる

見たつもり

毎日、あなたは現場を歩いています。しかし、その時、本当に「観て」いるでしょうか。「漫然と現場を眺めているだけ」になっていませんか?心ここにあらずで、次の会議のことや、生産計画の遅れを考えながら歩いている。その結果、いつもと違う機械の微かな振動、床に落ちている一本のボルト、部品棚のわずかな乱れといった、異常のサインを見逃してしまう。これが「見たつもり」の正体です。

聞いたつもり

部下が慌てた様子で、あなたの元に駆け寄ってきます。「リーダー、設備が止まりました!センサーの故障だと思います!」。忙しいあなたは、「そうか、センサーか」と、その報告を信じて、記録簿に「原因:センサー故障」と書き込む。これが「聞いたつもり」です。「なぜ、センサーが原因だと思ったの?」「エラー表示は出ていた?」「何か確認したことはある?」といった、事実の裏付けを取ることなく、部下の「意見」を「事実」として鵜呑みにしてしまうのです。

やったつもり

あなたは、不良対策として「作業前に、必ず治具の摩耗を確認すること」という新しいルールを決め、メンバーにも伝えました。指示を出したことで、あなたは「対策は完了した」と安心してしまう。これが「やったつもり」です。そのルールが、現場で、毎日、全員によって、正しく実行されているかを、自分の目で確認しに行くところまでやって、初めて「やった」と言えるのです。指示を出しただけで、その後の確認を怠れば、ルールはあっという間に形骸化していきます。

わかったつもり

不良の原因究明会議で、いくつかの意見が出た後、あなたはこう結論付けます。「なるほど、今回の原因は、作業者の見落としだな。よし、注意喚起の貼り紙をしよう」。そして、会議は終わる。これが「わかったつもり」です。「なぜ、その作業者は見落としたのか?」「照明が暗かったのでは?」「作業手順そのものが複雑すぎたのでは?」といった、根本原因への深掘りをせず、最も手っ取り早く、分かりやすい結論に飛びついてしまうのです。

なぜ、私たちは「見たつもり」に陥るのか?

では、なぜ、私たちは、これほど簡単に「見たつもり」という罠にはまってしまうのでしょうか。その背景には、多忙なリーダーが抱える、3つの心理的な壁が存在します。

多忙さ

まず、圧倒的な「多忙さ」です。次から次へと舞い込むトラブル、迫り来る納期。「悠長に現場を観察している暇なんてない」「早く結論を出して、次の仕事に移らなければ」。その焦りが、私たちの視野を狭め、じっくりと物事を観察する心の余裕を奪い、安易な結論へと私たちを駆り立てるのです。

先入観

次に、あなたの武器であるはずの「経験」や「勘」が、時として「先入観」という名の分厚いフィルターになって、真実を見る目を塞いでしまいます。「ああ、この不良は前にもあったな。原因は、どうせまたアレだろう」。その思い込みが、冷静に現場や現物を観察する前に、あなたの頭の中に、都合の良い「ストーリー」を描いてしまうのです。

人間関係

そして、意外なほど影響が大きいのが「人間関係」です。いつも頑張ってくれているベテランの部下からの報告に、「本当か?」と疑いの目を向けるのは、気が引ける。若手社員の報告に、あまり厳しく事実確認をすると、「信頼されていない」と思わせてしまうかもしれない。そんな、部下への「遠慮」や「気遣い」が、事実を非情なまでに追求する、リーダーとしての厳しい目を、無意識のうちに曇らせてしまうのです。

「見たつもり」が招く、浅い「なぜなぜ分析」の悲劇

この「見たつもり」という病が、最も深刻な悲劇を引き起こすのが、「なぜなぜ分析」の場面です。

「なぜなぜ分析」は、真因を突き止めるための非常に強力なツールです。しかし、それは、最初の「なぜ」の出発点となる「事実認識」が、100%正しかった場合にのみ、機能します。

もし、「聞いたつもり」で得た「センサーの故障」という、不正確な事実から「なぜなぜ分析」を始めたら、どうなるでしょう。「なぜ、センサーは故障したのか?」「なぜ、故障を予知できなかったのか?」…。その先に導き出される結論は、どんなに立派に見えても、すべてが的外れです。

そして、その的外れな結論から生まれた対策は、当然、効果を発揮しません。本当の原因(実は、センサーに繋がるケーブルの断線だった、など)は、手つかずのまま放置され、数週間後、必ず同じ問題が、あなたの目の前に、再び姿を現すのです。

「あれだけ分析して対策したのに、なぜだ…」。チームの徒労感は、頂点に達します。「見たつもり」は、問題解決のプロセスそのものへの信頼を、根底から破壊してしまう、恐ろしい病なのです。

再発防止の最強の武器。「三現主義」の本当の目的とは

では、どうすれば、私たちの誰もが感染しうる「見たつもり」という病を治療し、事実とのズレをなくすことができるのでしょうか。

その特効薬となるのが、製造現場の先人たちが、その知恵と経験から生み出した、シンプルかつ最強の武器——「三現主義」です。

三現主義は「スローガン」ではなく「解像度を上げる」ための科学的アプローチ

あなたの工場にも、「現場・現物・現実」と書かれたポスターが貼られているかもしれませんね。しかし、この言葉は、ただ唱えるだけでは、何の意味もありません。「よし、現場に行ったぞ、現物も見たぞ、OKだ」。これは、三現主義の最もよくある、そして最も意味のない使い方です。

三現主義の本当の目的は、あなたの目の前で起きている問題の「解像度」を、極限まで高めることにあります。

「見たつもり」の状態が、ぼやけて画素の粗い、昔のアナログテレビの映像だとすれば、三現主義は、その映像を、まるで現実と見紛うほどの、超高精細な4K映像へと進化させるためのプロセスです。私たちの主観や思い込み、経験といったノイズを徹底的に排除し、「誰が見ても、そうとしか捉えようのない、揺るぎない客観的な”現実”」を、チームの共通認識として捉えること。これこそが、三現主義が目指す、唯一無二のゴールなのです。

「現場→現物→現実」この順番が持つ重要な意味

そして、三現主義には、絶対に守らなければならない「順番」があります。それは、まるで名探偵が事件を捜査する手順のように、一つひとつ、論理的に積み上げていくプロセスです。この順番を無視して、いきなり犯人(原因)を決めつけることは、決して許されません。

①現場に行く

まず、やるべきことは、問題が発生した、その場所(現場)に、自分の足で行くことです。しかし、ただ行くだけではありません。机の上では決して分からない、その場の「空気」や「状況」を、五感をフルに使って感じ取るのです。

いつもより、現場は暑くなかったか?妙な匂いや、聞き慣れない音はしなかったか?照明は暗くなかったか?作業者の動線に、何か問題はなかったか?——まるで事件現場を捜査する刑事のように、問題が発生した「環境」そのものに、何かヒントが隠されていないかを探るのです。

②現物を見る

現場の状況を把握したら、次に、問題の当事者である「現物」(不良品など)と、じっくり向き合います。ただ、ぼんやりと眺める「見学」ではありません。虫眼鏡を使ったり、光の当て方を変えたり、あらゆる角度から、しつこいくらいに「観察」するのです。

そして、必ず「良品」と並べて比較します。二つを並べて初めて見えてくる、僅かな色の違い、手触りの違い、重さの違いはないか。時には、現物を分解したり、切断したりして、その内部構造まで調べる必要もあるでしょう。ここでは、問題の「主体」そのものを、徹底的に深掘りします。

③現実を知る

そして、最後のステップが、「現実」を確定させることです。これは、あなたの「感想」や「推測」ではありません。「①現場」と「②現物」の観察から得られた、客観的な情報(事実)だけを統合して、何が起きたのかを正確に把握することです。

例えば、「(①現場の事実)A機械周辺の温度が、いつもより5度高かった時に、(②現物の事実)B部品の表面に、これまで見られなかった僅かな変色が発生した」。これが、誰もが反論のしようのない、客観的な「現実」です。

この、揺るぎない「現実」を確定させて初めて、私たちは、「なぜ、温度が高いと変色するのか?」という、的確な「なぜなぜ分析」の、本当のスタートラインに立つことができるのです。

【最重要】「見たつもり」を撲滅する!三現主義の”正しい”使い方

三現主義の目的と、正しい順番はご理解いただけたかと思います。しかし、本当の差がつくのは、ここからです。「現場に行く」「現物を見る」という、一つひとつの行動の「質」を、いかに高めるか。

ここからは、「見たつもり」という病を、あなたの現場から完全に撲滅するための、具体的な技術を伝授します。

【現場編】「行く」から「観る」へ。現場観察の5つの鉄則

まず最初の「現場」。これは、ただ問題の場所に「行く」だけでは、何の意味もありません。受動的な「見学」を、能動的な「観察」へと進化させる、5つの鉄則をご紹介します。

鉄則1:目的を一つに絞る

ただ漠然と「何か問題はないかな」と現場を歩いても、人間の脳は、何も見つけられません。現場を歩く前に、必ず、その日の観察ミッションを「一つだけ」に絞るのです。「今日は、30分間、床の油汚れだけを探して歩く」「今日は、安全柵の緩みだけをチェックする」。そうやって目的を絞ることで、あなたの脳は「油汚れ発見モード」に切り替わり、これまで景色として見過ごしていた、僅かなシミさえも、異常として認識できるようになります。

鉄則2:五感を使う

私たちの目は、非常に多くの情報を取り入れますが、時に騙されることもあります。現場の異常は、目以外の五感が、先に捉えていることも少なくありません。一度、あえて目を閉じて、現場に佇んでみてください。いつもと違うモーターの唸り音はしないか(聴覚)?焦げ付いたような匂いはしないか(嗅覚)?床から伝わってくる、いつもと違う振動はないか(触覚)?現場が発している、言葉にならないメッセージを、あなたの五感すべてで感じ取るのです。

鉄則3:正常な状態と比較する

「異常」とは、「正常」との「差」のことです。つまり、「正常」を知らなければ、「異常」には気づけません。もし、あなたの工場に同じ機械が2台あり、片方で問題が起きているなら、問題のある機械だけを睨みつけていてはダメです。正常に動いている、もう一方の機械の前に立ち、じっくりと観察してください。音、スピード、作業者の動き、部品の供給のされ方…。二つを徹底的に比較することで、問題点の輪郭が、くっきりと浮かび上がってきます。

鉄則4:「なぜ?」と問いながら観る

優れた観察者は、単なるカメラではありません。常に自問自答を繰り返す、探偵です。床に置かれた部品箱を見つけたら、ただ「箱がある」で終わらせない。「なぜ、この箱は床に置かれているんだ?」「なぜ、棚に戻されていないんだ?」「なぜ、こんなに中身が溢れているんだ?」。この「なぜ?」の繰り返しが、目の前の事象を、根本原因へと繋げる、一本の糸を手繰り寄せる行為なのです。

鉄則5:その場で記録する

人間の記憶は、驚くほど曖昧で、すぐに都合よく改ざんされてしまいます。「後で、事務所に戻ってからまとめよう」は、絶対にダメです。事実が、熱々の新鮮なうちに、その場で記録すること。ポケットに小さなメモ帳を忍ばせ、気づいたことは、どんな些細なことでも書き留める。スマートフォンのカメラで、日付と共に写真を撮る。この、生々しい一次情報こそが、後々の分析で、何物にも代えがたい、あなたの最強の武器となります。

【現物編】「見る」から「観る・診る・察る」へ。現物分析の4つの視点

次に「現物」。不良品を、ただ「見る」だけでは、何も分かりません。私たちは、まるで患者を診察する医者のように、多角的な視点で、その現物が発している声なき声に耳を傾ける必要があります。

視点1:良品と比較する

これは、現物分析における、最も基本で、最も強力な手法です。不良品(現物)と、良品を、明るい照明の下で、隣同士に並べてみてください。そして、虫眼鏡を使ったり、手で触れたりしながら、二つの「違い」を、執念深く探すのです。色の僅かな違い、光沢の僅かな違い、表面のザラつきの僅かな違い…。この、間違い探しのような地道な比較(良品比較)が、原因究明の決定的なヒントを与えてくれることは、決して少なくありません。

視点2:時間軸で変化を診る

不良品は、ある日突然、空から降ってくるわけではありません。必ず、何かの「変化」が引き金になっています。「昨日までは良品だったのに、今日の午後から急に不良が出始めた」。その時間軸に沿って、何が変わったのかを徹底的に洗い出すのです。材料のロットが変わったか?作業者が交代したか?金型のメンテナンスをしたか?気温や湿度が急に変わったか?現物を、時間という流れの中で診察することで、病気の原因が見えてきます。

視点3:分解・解体して内部を察る

病気の原因は、必ずしも体の表面にあるとは限りませんよね。時には、レントゲンを撮ったり、手術をしたりして、内部を調べる必要があります。現物も同じです。表面的な観察だけで結論を急がず、時には、その不良品を分解・解体してみる勇気も必要です。内部に、思いもよらない亀裂や、空洞、異物の混入が隠されているかもしれません。真実は、しばしば見えない内部に潜んでいます。

視点4:図面や基準書と照らし合わせる

そして最後に、その現物を、「本来あるべき姿」と照らし合わせます。その「本来あるべき姿」とは、すなわち「図面」や「作業標準書」「品質基準書」です。測定器具を使い、寸法、硬度、重量といったスペックが、基準の範囲内に収まっているかを、一つひとつ、冷静に確認します。原理・原則に立ち返り、客観的な基準と比べることで、私たちの思い込みや感覚が、いかに曖昧であったかを思い知らされることも多いのです。

【現実編】「感覚」から「事実」へ。”現実”を定量化する技術

「現場」と「現物」の観察を通じて、たくさんの情報を集めたら、いよいよ最後のステップ、「現実」の確定です。ここで最も重要なのは、私たちの「感覚」や「感想」を、誰もが反論できない客観的な「事実」へと変換することです。そして、そのための唯一の手段が、「定量化」、つまり、数値で表すことです。

あなたの部下は、こう報告に来るかもしれません。「リーダー、この機械、最近ガタが大きくなってきた気がします」。これは、あくまで個人の「感覚」です。これに対してあなたは、「そうか」で終わらせず、シックネスゲージやダイヤルゲージを手に、こう確定させるのです。「なるほど。この部分の隙間(クリアランス)は、基準値0.5mmに対して、現在1.5mmあるな」。これが、誰の目にも明らかな「事実(データ)」です。

「あの作業、なんだかやりにくそうに見える」。これも「感覚」です。ストップウォッチを手に、こう確定させます。「確かに。この作業の標準時間は30秒だが、今、平均で50秒かかっている」。これが「事実(データ)」です。

このように、私たちの主観が入り込む余地のある「感覚的な言葉」を、測定し、記録し、データ化することで、誰もが否定しようのない、冷徹な「現実」を突きつける。この揺るぎない土台があって初めて、私たちは、次の「なぜなぜ分析」という、真因究明への正しい一歩を踏み出すことができるのです。

なぜベテランほど「見たつもり」に陥るのか?KKDとの正しい付き合い方

ここまで読み進めて、あなたはこう思ったかもしれません。「なるほど、三現主義は大事だ。でも、長年培ってきた自分の経験や勘も、同じくらい大事じゃないか?」と。

その通りです。あなたの経験と勘(KKD)は、何物にも代えがたい、会社の財産です。

しかし、逆説的ですが、この厄介な「見たつもり」という病は、経験豊富で、優秀なベテランほどかかりやすいという、恐ろしい側面を持っています。ここでは、あなたの最大の武器であるはずのKKDとの、正しい付き合い方についてお話しします。

経験(K)と勘(K)が「事実」を見る目を曇らせる

例えば、あなたの現場で、ある機械のトラブルが再発したとします。長年の経験を持つあなたは、その症状を聞いた瞬間に、頭の中にピンとくるものがあります。「ああ、この音、この止まり方は、前に何度も経験したぞ。原因は、どうせまた、あの圧力バルブだろう」。

この、瞬時に問題のあたりをつけることができる「勘」は、あなたの優秀さの証です。

しかし、ここに、ベテランだからこそ陥りやすい、巧妙なワナが潜んでいます。

その鋭い勘が、「原因は、きっとこれに違いない」という強力な「先入観」を生み出してしまうのです。そして、一度そう思い込んでしまうと、人間の脳は、無意識のうちに、自分の考えを裏付ける情報ばかりを集めようとし、それに反する情報は見過ごそうとします。

つまり、あなたは「真実」を探すために現場に行くのではなく、「自分の考えが正しいこと」を証明するために現場に行ってしまうのです。これこそが、ベテランが陥りやすい「経験による決めつけ」という罠です。あなたの貴重な経験が、皮肉にも、ありのままの事実を見る目を曇らせてしまうのです。

正しい使い方:KKDは「仮説」を立てるために使え

では、私たちは、自らの経験や勘を捨て去るべきなのでしょうか?いいえ、決してそんなことはありません。それは、歴戦の勇者が、使い慣れた名剣を捨ててしまうような、愚かな行為です。

重要なのは、その武器を使う「タイミング」「目的」を変えることです。

結論から言いましょう。KKDは、「答え」を出すために使うのではなく、「仮説」を立てるために使うのです。これこそが、KKDとの唯一にして、最高の付き合い方です。

ステップ1:仮説を立てる(KKDの出番)

問題が発生した時、まず、あなたの経験と勘をフル活用します。そして、「おそらく、今回の問題の真犯人は、圧力バルブだろう」という、精度の高い「仮説」を、誰よりも早く立てるのです。これが、あなたの経験が最も輝く瞬間です。

ステップ2:仮説を検証する(三現主義の出番)

次に、一度、その仮説を自分の頭の横にそっと置きます。そして、ここからは、一切の思い込みを捨てた、冷静な科学者に切り替わるのです。自分の立てた仮説が、本当に正しいのかどうかを、「三現主義」という客観的な事実だけを使って、徹底的に検証していきます。

現場に行き、現物を観察し、データを取る。その結果、集まった事実が、あなたの仮説を裏付けるのであれば、素晴らしい。もし、そうでなければ、あなたは、一切のためらいなく、自らの仮説を捨て、新しい事実から、第二、第三の仮説を立て直すのです。

あなたのKKDが、問題解決への最短ルートを示す「鋭い仮説」を生み出し、三現主義が、そのルートが本当に正しいかを証明する「確実な裏付け」を取る。

この両輪がガッチリと噛み合った時、経験豊富なリーダーであるあなたは、まさに「鬼に金棒」。誰にも真似できない、圧倒的な問題解決能力を手に入れることができるのです。

リーダーがチームから「見たつもり」をなくすためのコミュニケーション術

あなたが三現主義を身につけ、KKDを正しく使えるようになったとしても、まだ旅は終わりではありません。なぜなら、「見たつもり」という病は、チーム全体に広がる伝染病のようなものだからです。

あなたの最後の、そして最も重要な仕事は、この新しい「事実の捉え方」を、チームの文化として根付かせること。そのために必要なのは、あなたの「コミュニケーション」のあり方を、ほんの少しだけ、意識的に変えることです。

指示や命令ではなく、「問い」でメンバーの観察眼を鍛える。

部下が「リーダー、不良が出ました」と報告に来た時、あなたのこれまでの習慣は、「分かった。じゃあ、すぐに良品と選別して、ラインを止めないようにしてくれ」という「指示」だったかもしれません。

しかし、これからは、その指示をぐっとこらえて、代わりに「問い」を投げかけてください。

「そうか、見つけてくれてありがとう。君は、この不良品をじっくり見て、何か気づくことはあるかな? いつも作っている良品と比べて、どこが、どう違うだろう?」。

これは、単なる質問ではありません。部下本人に、「現物」を観察させ、比較させる、ミニ三現主義トレーニングです。「君が作業していた時、現場で何かいつもと違うことはなかった?」と問いを重ねることで、あなたは、メンバーに答えを与えるのではなく、自ら答えを見つけ出すための「観察眼」を、日々、鍛えていくことができるのです。

「どう思う?」ではなく、「何を見た?」と事実を問う。

問題発生時、私たちは、つい「〇〇君は、原因は何だと思う?」と、相手の「意見」を聞いてしまいがちです。しかし、これが「見たつもり」を助長する、巧妙なワナです。意見を求められれば、相手は「たぶん、〇〇が原因だと思います」と、事実に基づかない「推測」で答えてしまいます。

これからは、問いかけの言葉を、意識的に変えてください。「どう思う?」ではなく、「君は、何を見た?」と。

「その不良を見つけた時、現場では、具体的に何が起きていた?」「その現物には、どんな特徴があった?傷の向きは?色は?」。

このように、推測や意見ではなく、五感で捉えた「事実」だけを、しつこいくらいに問いかけるのです。「まず、事実。意見は、その後だ」。このリーダーの姿勢が、チームに「事実に基づいて話す」という、極めて重要な規律を教えていきます。

「なぜなぜ分析」を始める前に、「事実は揃っているか?」をチームの合言葉にする。

「よし、原因究明のために、なぜなぜ分析を始めよう!」。その一言が、チームを的外れな対策へと導く、悲劇の始まりになることがあります。なぜなら、出発点となる事実認識が、そもそも間違っているからです。

これからは、なぜなぜ分析を始める前に、必ず一つの「関所」を設けてください。リーダーであるあなたが、チーム全員に、こう問いかけるのです。

「待てよ。その前に、俺たちの手元には、誰もが納得できるだけの客観的な事実は、すべて揃っているか?」

これを、チームの「合言葉」にするのです。写真はあるか?測定データはあるか?関係者からのヒヤリングは済んでいるか?もし、答えが「ノー」であれば、分析を始めることは許可しない。チームの次の行動は、会議室でウンウン唸ることではなく、再び現場に行き、事実を追加で集めてくることです。この合言葉が、あなたのチームを、無駄な議論の迷路から救い出します。

メンバーが持ち寄った「事実」を称賛し、事実に基づいて議論する文化を育てる。

最後に、これが最も大切なことかもしれません。それは、「事実」そのものを褒める文化を、あなたが意図的に作ることです。

若手のメンバーが、おずおずと、あなたの元に一枚のグラフを持ってきたとします。「リーダー、不良が出始めた時間と、材料のロットが切り替わった時間が、どうも一致しているみたいです。これが、その記録です」。

この時、あなたの反応が、チームの未来を決めます。絶対に、その結論の正否を先に議論してはいけません。まず、データを集めてきた、その「行動」そのものを、最大限に称賛するのです。

「すごいじゃないか!〇〇君、よく気づいたな!このデータは、原因究明の、ものすごく重要な手がかりになるぞ。本当にありがとう!」。

あなたが、「意見」ではなく、地道に集められた「事実」に、これ以上ないほどの価値を与えて称賛する。その姿を見た他のメンバーは、「このチームでは、事実を追い求めることが、最も評価されるんだ」と学びます。

こうして、議論の主役が「声の大きい人の意見」から、「誰もが否定できない客観的な事実」へと変わった時、あなたのチームは、本当の意味で、問題の再発を断ち切る、強い組織へと生まれ変わっているはずです。

まとめ:再発防止への道は、”現実”を直視する勇気から始まる

ここまで長い記事を、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。あなたの心の中をずっと覆っていた、問題再発への重たい霧が、少しだけ晴れてきたのではないでしょうか。

最後に、もう一度だけ、お伝えさせてください。

あなたの現場で問題が再発するのは、決して、あなたの能力や情熱が足りないからではありません。あなたは、誰よりも真剣に、問題と向き合ってきたはずです。ただ、ほんの少しだけ、日々の忙しさや、仲間への優しさ、そして、これまでの豊富な経験が、あなたの目を“現実”そのものから逸らしてしまっていた。原因は、本当に、ただそれだけなのです。

そして、そのほんの僅かなズレを、正確に、そして確実な軌道へと修正してくれるのが、「三現主義」という、シンプルかつ最強の羅針盤(コンパス)です。この羅針盤は、私たちに特別な才能を要求しません。ただ、「思い込み」という名の分厚い雲を振り払って、ありのままの事実を、ありのままに捉える、ほんの少しの「勇気」を求めるだけです。

もし、この記事が、あなたの心に少しでも響いたなら、ぜひ、試していただきたいことがあります。

さあ、明日、あなたの現場で起きている、あの憎き再発問題の「現物」(不良品)を、あなたのデスクの上に、そっと置いてみてください。そして、先入観も、焦りも、すべて忘れて、ただ無心で、3分間だけ、それを見つめてみてください。

きっと、今まで見えていなかった、小さな傷、僅かな色の違い、何か、ほんの些細な「違和感」が、あなたの目に飛び込んでくるはずです。

再発防止への本当の道は、その小さな気づきから、始まるはずです。

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この記事を書いた人

 大手総合電機メーカーで20年間経験を積んで平成22年に独立。10年間で600社を超える中小企業支援、そして自らも小売業を立ち上げて業績を安定させた実績を持つ超現場主義者。小さなチームで短期的な経営課題を解決しながら、中長期的な人材育成を進める「プロジェクト型課題解決(小集団活動)」の推進支援が支持を集めている。

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