中小企業診断士の吉岡です。
前回の記事で、定着している現場と形骸化していしまっている現場の共通点について、組織論の観点から触れました。
本稿からは、5Sの具体的な進め方について解説をしていきます。
さて、組織面の課題に対処をした現場において、5Sが進まない場合、多くのケースで「整理」と「整頓」を混同したまま進めてしまっていることが原因です。
5Sの第一歩であるこの2つのステップをあいまいにしたまま進めると、
後の「清掃」「清潔」「習慣(しつけ)」がいくら優れていても、土台が崩れてしまいます。
つまり、整理・整頓は“最優先”にして“最も深く掘り下げるべき”領域なのです。
本稿では、整理・整頓の本質を改めて見つめ直し、
現場で実際に成果を上げている企業の取り組みを通じて、
「なぜここから始めるのか」を明らかにしていきます。
成功事例に学ぶ整理・整頓の効果
冒頭に記載した、「なぜ、整理・整頓から始めるのか」という問いについて、具体的な事例を基に解説をします。
以下の事例をご一読いただくことで、なぜそれが土台となっているか、ご理解いただけるのではないでしょうか。
「整理」でムダを削ぎ落とす——タナカテック株式会社の挑戦
京都のタナカテック株式会社では、限られたスペースで多品種少量生産を行う中、モノがあふれ、探す時間が慢性化していました。
同社がまず着手したのは、「整理」、すなわち“必要なモノと不要なモノを分ける”ことでした。
作業台や棚にあるすべての物品をリスト化し、
「使っていないモノ」「代替可能なモノ」「保管理由が不明なモノ」を一つずつ排除。
これにより、現場の7割を占めていた“置きっぱなし”の備品が姿を消し、
必要なモノだけが視界に入るシンプルな作業環境が実現しました。
整理によって「いま自分たちは何を持ち、何を使っていないのか」が可視化されたことで、
現場の判断スピードが上がり、改善の優先順位も明確になりました。
タナカテックが示したのは、整理とは“片付け”ではなく“意思決定の明確化”であるということです。
「整頓」で流れをつくる——自動車部品メーカーの見える化改革
一方、ある自動車部品メーカーでは、部品の整頓が不十分で、
「どの工程で使う部品か」「どの棚にあるか」が作業者によって異なる状態でした。
整理を終えても、整頓が欠けていれば、ムダな移動や確認が消えません。
同社はまず、部品棚を工程別・日付別にゾーニングし、各棚には部品写真・品番・使用工程を明示。
作業者が迷わず取り出せ、使い終われば同じ位置に戻せるようにしました。
これにより、誰が見ても現場の状態が一目で分かる「整った流れ」が生まれました。
整頓とは、“モノの配置”ではなく“作業の流れ”を整えること。
つまり、整頓とはレイアウト設計ではなく工程設計の一部なのです。
この仕組みによって同社は、在庫のダブりや欠品が減少し、現場全体が「止まらないライン」へと変化しました。
整理・整頓が安全性をつくる
整理でムダを排除し、整頓で流れを整える——。
事例で示した企業は、この体制を構築することによって、作業効率を大きく向上しました。
更に二段階を徹底することで、安全性も大きく向上します。
通路にモノがなく、工具の定位置が決まっている現場では、視界が広がり、異常や危険の兆候をいち早く発見できます。
5Sを徹底することで得られる効果は大きく、日ごろから注意して、意識して取り組むべき課題であるということがわかると思います。
作業環境を整えることで、工場の生産性も上がり、作業者の命を守ることにつながる——。
その当たり前の事実を、全社的に認識し直すことがきっかけとしてください。
導入ステップと現場への浸透ポイント
ここまでは、整理・整頓にどのような効果があって、うまくいっている企業においてどのような効果を得られているかをご確認いただきました。
ここからは、もう少し具体的に、皆様の会社において、どのように進めていくと良いか、ステップに分けてご説明していきます。
「整理」のルールを決める——残すか、捨てるかを“判断できる仕組み”にする
整理とは、不要なモノを取り除き、必要なモノだけを残すこと。
つまり、「何を残すか」、「どうなったら捨てるか」という判断のルールがすべてです。
現場では、「とりあえず置いておこう」「いつか使うかもしれない」という判断が散らかりの原因になります。
そして、そのような「いつか」・「念のため」の積み重ねが散らかった現場や、どこに何があるかわからない倉庫を生み出すことになります。
勇気をもって、不用品を処分していくことが大事ですが、この曖昧さをなくすために、まず次のようなルールを決めましょう。
基準を明文化する
この基準自体は、現場によってさまざまな基準を採用することが良いと思います。
ここでは、基準として考えられる例を4つほど記載します。
皆様の会社の現状と照らし合わせ、「うちにはこれが合いそうだ」というものを選んでみてください。
- 使用頻度
一定期間(2週間程度)使っていないものは不要とみなし、処分する - 用途の明確性
「いつ」「何に」「なんのために」使うかが説明できないものは不要とみなす - 代替可能性
同じ機能を持っているものが現場に複数ある場合に、最も便利な一つだけを残す - 保管コスト
保管にスペースや手間がかかるものは費用対効果の観点から対処する
ご留意いただきたいのが、この基準は上から下に行くにつれて、保守的になっています。
個人的には、物事を変える時には大胆に変えるべきかと思いますので、使用頻度の軸を用いることがおすすめです。
一度に全てを決めようとしない
全範囲をやろうとすると判断が鈍ります。
まずは1エリア(棚1つ・机1つ)単位で整理し、成功体験を積み上げることが肝要です。
先程決定した、判断軸に沿って、例えばチェックリストを作成して、対象とするエリアに対して当てはめてみてください。
選んだ判断軸に沿って、必要なものだけが洗い出されるはずです。
そして、実際にサンプルとしたエリアに対して運用していくことで、基準自体が磨かれていきます。
そこで得た反省を活かし、また次のエリアで、同じように、要・不要の判断を行っていくことで、職場全体で制度の高い「整理」が展開されていきます。
判断を個人ではなくチームで行う
整理は「価値観のすり合わせ」です。
作業者だけでなく、リーダーや隣の班も巻き込み、複数人で「要・不要」を議論することで主観を排除します。
第一回でも触れましたが、特定の人だけが整理の推進を行っている、という状態になってしまっては、組織にその活動は根付きません。
会社全体として行っている活動であるということを組織に根付かせるためにも、特定の人物やチームに依存しすぎるのではなく、特に現場に影響の大きい場面においては、上手に人を巻き込み、自分事として捉える方を増やすように動きましょう。
「整頓」のルールを決める——誰が見ても、どこに何があるかわかる状態をつくる
整頓の基本は、「定位置」・「定量」・「定品」(三定)を守ることで、必要なモノを“すぐ取り出せる・すぐ戻せる”ように配置することです。
ここで重要なのが、誰が見ても、三定のルールがわかるようになっていることです。
この前提を抑えて、整頓のルールを作る時には、以下の三点を意識しましょう。
使う順番・頻度で配置を決める
整頓の基本は「使う順番」と「使用頻度」です。
言うまでもありませんが、頻度の高いモノは体の正面・手の届く範囲に、低いモノは遠くや高所へ。
作業工程に沿って並べるだけで、動線が自然に整います。
このとき大切なのは、現場の作業者が自分の動きを“見える化”して話し合うこと。
意外と、この見える化の工程を感覚や従来の常識に則って、行っている現場が多い印象です。
たとえば、1工程の動画を撮影して、「どの場面でモノを探しているか」「取りに行く動作が発生しているか」を全員で確認します。
作業の実態を可視化してから配置を決めると、根拠のあるルールになりますし、生産性の向上にも直接的に寄与します。
定位置・定量・定品を表示付きで管理する
整頓のルールは三定であると、冒頭に述べました。
このルールを徹底させるために、置き場にはそのルールを表示するようにしましょう。
どれか一つでも欠けると、時間がたつうちに元に戻ってしまいますので、それを予防するためです。
現物の写真や、ラベル・影絵(シルエット)・色分けなどの視覚的な工夫を加えることで、
“置き場が決まっている”から“状態が一目で分かる”段階に進化します。
モノの厚さなどが決まっているのであれば、高さを明示するなど、より具体的な工夫を施すと、より視認性が高まり、異常に気が付きやすくなるでしょう。
また、表示は作業者本人がつくることが大切です。
自分たちで貼った表示は、ルールとして意識に残りますし、自分たちで工夫して整頓活動を行ったという成功体験を得ることも重要です。
配置ルールは現場で“試して修正”する
整理のルール付けの時にも似たようなことを言いましたが、整頓も同じく、机上で設計しても機能しません。
図面上で最適に見えても、実際の作業では意外な不便が出てきます。
だからこそ、まず1週間運用して、使いづらかった点を現場で出し合い、ルールを微調整します。
たとえば「この棚の高さが合わない」「この工具は隣に置いた方が流れが良い」など、
実際の動きを踏まえて修正していくと、現場に“自分たちで作ったルール”という納得感が生まれます。
整頓とは、完成させるものではなく“進化させ続ける仕組み”です。
ルールを「守りたくなる」現場にするために
ここまで、制度設計について、記載してきました。
しかし、整理も整頓も、ルールを作っただけではスタートに立っただけです。
どれほど優れたルールでも、“守られる仕組み”になっていなければ続きません。
この章では、このルールをどのように守らせるか、ではなく、「従業員が守りたくなるためには」どうするべきか、考えてきます。
ルールを決めた人がそのまま点検者になる
「ルールを決める人」と「ルールを点検する人」が分かれていると、現場は他人事になります。
「やれと言われたからやる」ではなく、「自分たちで決めたから責任を持つ」という構造をつくることが重要です。
実際にうまくいっている現場では、ルールを作ったチームがそのまま点検チームになります。
たとえば、自分たちが設定した整理基準や整頓ルールを、週に一度、交代制でチェック。
他の班から指摘を受ける前に、自分たちで気づき、自分たちで直す。
この“自己点検”のサイクルこそ、改善の定着化の第一歩です。
また、点検の目的は「罰」ではなく「気づき」です。
あくまで“現場を良くするための確認”として実施することで、前向きな風土が育ちます。
5Sは、他人に指導されてやるものではなく、自分たちが自分たちを律する活動であるという風土作りが大事です。
点検結果を掲示して改善提案を受け付ける
点検の結果を「報告書」に留めてしまうと、活動が閉じてしまいます。
大切なのは、成果も課題も“見せる”ことです。
たとえば、点検チェック表を工場内に掲示し、誰でも見られる状態にしておく。
それだけで“見られている意識”が生まれ、維持の意欲が高まります。
また、点検の結果を赤・黄・青などの色で表示し、どのエリアが整っていて、どこが改善中かをひと目で分かるようにすると、現場全体の意識が統一されます。
さらに一歩進めて、「気づき・改善提案ボード」を設置し、
誰でも自由に意見を書き込めるようにすると、現場の知恵が自然に集まります。
その中から採用された提案は「ありがとうカード」や「改善賞」として称える。
点検を“評価の場”ではなく、“学びと称賛の場”に変えることがポイントです。
ルール変更の提案を自由に出せるようにする
良いルールも、時間が経てば現場に合わなくなります。
それを「決めたから守れ」と固定してしまうと、活動はすぐに形骸化します。
ルールとは、守るものではなく“現場に合わせて進化させるもの”です。
そのためには、ルール変更の提案を自由に出せる仕組みをつくりましょう。
現場からの提案は、たとえ小さなものでも積極的に歓迎し、即日試してみる。
「提案しても反映されない」環境ほど、5Sが止まる要因はありません。
たとえば——
・「この棚の位置を10cm下げた方が安全」
・「このラベルの色を変えた方が見やすい」
といった現場発の改善が、やがて全社ルールに反映されていく。
そうした流れが生まれた瞬間、5Sは“仕組み”から“文化”へと変わります。
皆様の会社にも改善提案といった制度はあると思いますが、活発に提案はなされているでしょうか?
本質的には、改善提案の件数が増えれば増えるほど、自分たちが楽になり、自分たちのスキルアップにも繋がるはずです。
経営側の役割は、ルールを守らせることではなく、現場が楽しくルールを守り、楽しくルールを改善する仕組みを作ること。
それが、継続的な改善を支え、強い経営の土台を作る最も強いマネジメントです。
まとめ|整理・整頓が「続く現場」をつくる
5Sの中でも、整理と整頓はもっとも地味で、しかしもっとも重要な活動です。
なぜなら、この二つが職場の“思考”と“構造”を整えるからです。
整理とは、モノを減らすことではなく、判断を磨くことです。
何を残し、何を手放すのか。その基準を明確にし、現場で共有できたとき、
作業者は「考えて動く」力を取り戻します。
整頓とは、モノを置くことではなく、流れを設計することです。
使う順番と動線に沿って配置を見直すことで、ムダな動きが消え、
職場が自然とリズムを持ち始めます。
そして、ルールを「守らせる」から「守りたくなる」仕組みに変えたとき、
整理・整頓は単なる片付け活動ではなく、“自分たちの文化”へと変わります。
そこには「やらされ感」はなく、「自分たちの仕事を良くする」という実感が生まれます。
5Sの出発点は、掃除でも標語でもありません。
現場の一人ひとりが、モノと自分の関係を問い直すことから始まります。
その最初の問いが「整理・整頓」です。
次回は、この基盤の上にある「清掃」「清潔」について掘り下げます。
つまり、“きれいにする”のではなく、“汚れが生まれない仕組み”をどうつくるか。
5Sが本当の力を発揮する“継続のフェーズ”を見ていきましょう。



