製造業DXを成功させる現場リーダーの「思考法」と「チーム作り」第4回 製造現場の「心理的安全性」を高める共感と対話術|SECIモデルで解く知の創造 

前回は、ベテランの「違和感(暗黙知)」を「アブダクション(仮説)」によってデータと照合し、形式知に変えていくプロセスについてお話ししました。 「なんとなく変だ」というつぶやきこそが、DXの起点になる――。
しかし、ここで一つ、非常に人間臭い、けれど避けて通れない問題にぶつかります。
「そもそも、現場のメンバーは、その『違和感』をあなたに話してくれますか?」
「変だと思ったんですが、間違っていたら怒られるので言いませんでした」 「余計なことを言うと仕事が増えるので、黙っていました」
もし現場にこのような空気が流れていたら、どんなに高尚なフレームワークも、最新のデータ分析ツールも無用の長物と化します。

第4回のテーマは「共感」です。チーム全員が知恵を出し合う「創造的な活動」へと進化させるための、リーダーの関わり方について考えます。

目次

あなたの「うなずき」が、現場の知を育てているかもしれません

リーダーの皆さんは、部下が何かを報告に来た時、どのような態度で聞いているでしょうか。 パソコンの画面を見たまま「うん、置いておいて」と言っていませんか? 報告の途中で「で、結論は?」と遮っていませんか?

何気ない態度が、現場の「知の蛇口」を固く閉じてしまっているかもしれません。反対に、リーダーのたった一度のうなずきが、現場に眠る知恵を一気に引き出すスイッチになることもあるのです。

若手の小さな提案が消える時、生まれる時

あるプラスチック成形工場の現場です。入社3年目の若手E君が、勇気を出して班長に話しかけました。 「班長、この金型の温度設定、マニュアルより5度下げたほうが、バリが出にくい気がするんです」

【ケース1:否定するリーダー】 班長は顔をしかめて言いました。 「マニュアルはメーカーが推奨してる基準だぞ。お前の感覚で勝手に変えるな。責任取れるのか?」 E君は萎縮しました。「すみません、忘れてください」。それ以来、E君は二度と提案をしなくなりました。

【ケース2:共感するリーダー】 別の班長は、手を止めてE君の方を向き、深くうなずきました。 「なるほど、5度下げるのか。面白いところに気づいたな。なぜそう思ったんだ?」 E君は目を輝かせて説明します。「昨日の夜勤で外気温が下がった時、調子が良かったんです」 班長はニヤリと笑いました。「よし、まずは1時間だけテストしてみよう。データ取ってくれ」

この瞬間、単なる「思いつき」が「仮説」に変わり、チームの「知」としての検証が始まりました。

「聞いてくれた、それだけで次も頑張れる」

現場で改善が活発なチームのメンバーに話を聞くと、異口同音にこう言います。

「うちのリーダーは、どんな些細なことでも『へぇ、そうか!』って面白がってくれるんです。自分の提案が採用されなくても、ちゃんと話を聞いて認めてもらえた。それだけで、『次はもっといい案を出そう』って思えるんですよね」

知恵というのは、脳みそから直接出てくるのではありません。「共感」と「対話」の土壌となる信頼関係があって初めて、口から言葉として出てくるものなのです。

なぜ部下は意見を言わないのか?SECI モデルが教える共感の重要性

知識創造理論の大家である野中郁次郎氏が提唱した「SECI(セキ)モデル」をご存知でしょうか。知識が個人から組織へと広がるプロセスを示したモデルです.。全ての知の創造は個人の内なる暗黙知から始まる。そして、徹底的な対話があって、暗黙知(勘)が形式知(標準化・仕組み化)になるとされています。

SECIモデルは個人の暗黙知(勘)を形式知(標準化・仕組み)へ昇華するステップ

SECIモデルは、
S:共同化(対話/観察)→E:表出化(言語化/図解)→C:連結化(標準化/仕組み化)→I:内面化(現場で使って身につく)

という流れで説明されています。

現場での場面を思い出して下さい。熟練工の勘を他のメンバーに言葉にして伝え、その言葉が現場の標準となり現場の習慣となる「勘 → 言葉 → 標準 → 習慣」という流れの事です。

たとえば、熟練工の勘を新人に教える場面は、SECIがどういうものかを説明してくれています。
「熟練工のAさんは“音を聞けば機械の異常が分かる”。でも新人には分からない。
だからAさんは、実際の音を一緒に聞きながら“この音はこういう状態だよ”と説明する。
その気づきをみんなで言語化して、点検基準に落とし込む。

これがまさにSECIモデルのサイクルです。「確かにうちでもやってる」と共感して頂けるはずです。一方で、熟練工から説明をしている場面で、熟練工の中の知恵が全て出ている訳ではない、と感じますよね。人間ですから、出したくないと感じる時もあるでしょう。


「共感」がSECIモデルを回す燃料になる

皆さんは、個人の暗黙知を引き出すのは難しいと感じていると思います。難しいからこそ、暗黙知を持つ熟練工だけに頼ってしまうのは仕方がないところです。しかし、暗黙知が引き出されず、陽の目を見ないのはもったいないことです。

私はかつて、全く経験のなかった半導体部品調達の現場に入りました。任された調達業務は入手困難となっていた半導体を集めて生産を止めないことでしたが、そうした局面で役に立つ業務マニュアルもなく、困難な局面での対応は調達メンバーの力量に頼った属人化された仕事となっていました。そんな中、私は同じ年代の調達を良く知るベテラン社員と一緒に仕事をすることになったんですね。最初は、話しやすいけれど、肝心なノウハウにはなかなかたどり着けませんでした。生産ラインが停止し、売上も上がらないという状況でしたので、気持ちは焦るばかりでした。でも、私は彼のやり方を“そのまま真似る”ことを繰り返しました。

すると、少しずつ彼の“頭の中”が見えてきたんですね。言葉にならない判断の勘所、相手との駆け引きの呼吸…。それは、ただ教わるのではなく、“一緒にやる”ことでしか得られないものでした。

このとき私は、SECIモデルでいう“共感”を体験していたんだと思います。偶然ではありますが、相手の立場に立ち、同じ景色を見て、同じ空気を吸って、同じ緊張感を味わう事が出来た。そうして初めて、暗黙知が自分の中に染み込んでいったような気持ちがしたんですね。

「皆さんの中にも、“真似ることで見えてきた”経験はありませんか?」
「あのとき、相手と“同じ空気を吸った”と感じた瞬間はありましたか?」

「真似る」って、実はとても奥深い言葉ですよね。単なるコピーじゃなくて、「相手の世界に一度入ってみる」こと。まるで、相手のリズムに合わせて一緒に踊ってみるような感覚です。

そして、真似ることで初めて気づく。「あ、こういうときにこう動くのか」「この沈黙には意味があったんだな」と、言葉にならない知恵が、身体を通して伝わってくる。

これこそが、共感の力であり、共同化の核心なんだと思います。

SECIモデルから学ぶ事は、同感とは違う「共感」の重要性

SECIモデルでいわれている共感とは、同一になる関係と言われています。同一の関係とはどういう事なのか?SECIモデルでは、共感と同感という2つの見方から捉えて、この2つを対比させています。同感を第3者的な姿勢、相手を客観視する分析を伴ってしまうと考えられています。共感と同感は区別されて、共感は、完全に相手の立場に立つ事とされています。このような共感できる相手がいて、そこに共感できる関係があって、個人の中にある知が磨かれていくとされています。熟練工と現場リーダー、あるいは熟練工と若手社員と立場は異なっていますが、二人が見える景色をありのままに見るというイメージでしょう。

リーダーのうなずきが暗黙知を引き出す|共感を生み出す職場の特徴

共感において最も重要なのが「承認」する機会と場を作る事です。 「あなたの考えには価値がある」というメッセージを、リーダーが態度で示すこと。これがなければ、人は自分の内側にある曖昧な(まだ確信のない)気づきを、外に出そうとは思いません。SECIモデルでは、適切な「場」の設計によって、SECIのサイクルはよりスムーズに、より力強く回転すると言われています。1周するごとに、個人のスキルと組織全体の知識レベルが向上し、それが新たな知の土台となります。これは単なる情報共有ではなく、組織能力の継続的な進化です。

「うなずき」という承認は共感の起点になる

「うなずき」は、最もシンプルかつ強力な承認のサインです。 部下が話している時、目を見て、深くうなずく。 「なるほど」「そうきたか」「そこを見ていたのか」 と相槌を打つ。これだけで、話し手は対等な立場を認められたと感じて、「心理的安全性」を感じます。

「ここでは変なことを言っても馬鹿にされない」「未完成のアイデアでも受け入れてもらえる」と感じた時、脳はリラックスし、より創造的な回路がつながり始めます。

リーダーの関わり方が共感を育む環境をつくる

「でも、間違った意見まで承認したら、現場が緩むのでは?」と心配する方もいるかもしれません。 ここで言う承認とは、「意見に同意すること(Agree)」ではありません。「その意見を持ったこと、発言したこと自体を受け入れること(Accept)」です。
「5度下げたい」という提案に対し、「その考えは面白い(承認)。ただ、データを見ると品質リスクがあるから、今回は3度で試そう(修正)」と返すことは可能です。 大事なのは、発言した行為そのものを称賛することです。「よく言ってくれた」「その視点はなかった」という一言が、次なる知の創出を促します。

小さな承認が改善の連鎖を生む

承認されたメンバーは、自発的に動き出します。 「自分の現場だ」という当事者意識(オーナーシップ)が芽生えるからです。 一人の小さな改善が承認されると、隣のメンバーも「じゃあ自分も」と動き出す。この連鎖反応が起きた時、現場は「言われたことをやる集団」から「自ら考え、進化する集団」へと変貌を遂げます。

【実践ワーク】1日10分の「気づき共有」でチームの自発性を引き出す技術

では、どのようにして日常業務の中に「承認」の場を組み込めばよいのでしょうか。

10分間の“気づき共有”を設ける

毎日、あるいは週に一度、業務終了前の10分間を「知の対話タイム」にしてみてください。 テーマは「今日気づいたこと」「もっとこうしたら良くなりそうなこと」。
ルールは一つだけ。「否定禁止」です。 どんなに些細なことでも、突拍子もないことでも、「なるほど!」と受け止める。 「レンチが使いにくい」と言われたら、「使いにくいよな、分かる!」と共感する。そこから「じゃあどうする?」とみんなで考える。この10分間が、組織の血流を良くします。

問いかけ・傾聴・承認の技法を磨く

暗黙知を引き出す際には、共感と同感の違いを意識をすると効果的になります。現場の状況によって、共感と同感が必要とされる場面があるはずです。中々難しいことではありますが、共感と同感の違いを感じながら、3つのスキルを磨いてください。以下では共感に重きを置いた磨き方を示します。

  1. 問いかけ: 「答え」ではなく「問い」を与える。「君ならどうする?」「なぜそう思った?」
  2. 傾聴: 途中で遮らず、最後まで聴く。言葉の裏にある感情や意図を汲み取る。
  3. 承認: 良い・悪いをジャッジする前に、まず受け止める。「ありがとう」「面白いね」

対話の記録が知の蓄積につながる

対話の中で出たアイデアや気づきは、ホワイトボードやノートに記録し、全員が見えるようにしましょう。 「E君の提案により、温度設定を変更→不良率0.5%低減」 このように名前入りで成果を掲示することは、最高の承認になります。それは本人の自信になるだけでなく、他のメンバーへの「良い事例(モデル)」となり、現場全体の知のレベルを引き上げます。


まとめ  声を“知”に変える ― 対話と承認が拓く現場の創造性

DX時代のリーダーがやるべき事は、「対話を通じてメンバーの気づきを引き出し、次の改善へのエネルギーに変える活動」です。
明日、現場に行ったら、まずはメンバーの顔を見て、話を聞いてみてください。 そして、一つでも良いので、深くうなずいてみてください。 「君がいてくれて助かるよ」 その言葉が、あなたの現場を「学習する組織」へと変える第一歩になります。

次回予告 「現場の創造性」を高めるSDCA サイクルの回し方|ナレッジマネジメントの要諦

対話によって生まれた「知」も、特定の個人の中に留まっていたのでは組織の力になりません。また、リーダーが代わったら元に戻ってしまうようでは、真の変革とは言えません。 最終回となる第5回は『「現場の創造性」を高めるSDCA サイクルの回し方|ナレッジマネジメントの要諦』をテーマに、属人的な知恵をいかにして「標準(Standard)」に落とし込み、誰でも再現できる「仕組み」として定着させるか。連載の総仕上げとして、ナレッジマネジメントの真髄に迫ります。

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この記事を書いた人

プロセスオフィス経営企画を屋号として製造業を元気にする経営支援を始める。前職で制御機器(主にPLC)の製造販売会社で生産管理を専門としてLT改善、方針管理、間接生産性向上に取り組む。プロセスオフィスとはビジネスプロセスを統括し継続的な改善を推進する部門を指し、製造業の未来のために普及させたいという想いを表している。

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