皆様お久しぶりです!中小企業診断士の馬籠勲(まごめいさお)です。今回改めてスタートする連載は、前回の連載でお伝えした『継続する「ムダ改善」を実現する「現場リーダーの思考」』の続編です。前回の連載は以下あわせて読みたいをご覧ください。
今回の連載では、前回の連載でお伝えした思考を進化させます。製造業DXにおける「知の創造」と「現場づくり」を中心にお伝えしていきますので、乞うご期待下さい。
連載のテーマは、『製造業DXを成功させる現場リーダーの「思考法」と「チーム作り」』としました。
製造業の現場は、かつてない変革の波の中にあります。「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が飛び交い、タブレット端末やセンサーが導入され、AIによるデータ分析が推奨される――。しかし、現場の最前線に立つリーダーの皆さんは、心のどこかでこう感じてはいないでしょうか。
「ツールは増えても、仕事の本質は変わらないのではないか?」
「現場は今の生産をこなすだけで精一杯だ。未来のことなど考える余裕がない」
連載第1回のタイトルは「現場リーダー」の未来構想がDXを成功させるのか?バックキャスティング思考入門。
日々の改善を回しながら、いかにして未来への視座を持ち、変革の起点となるか。「未来を描く力」をひも解きます。
製造業DXは「新しい価値」を作り、「ムダ改善活動を進化」させるチャンス
DXという言葉が広まり始めたのは2018年といわれています。当時、情報システムの2025年の壁に備えなければならないと問題提起されました。「2025年の壁」——それは、製造業がこれまでの延長線では立ち行かなくなる転換点。 でも、これは“終わり”ではなく、“始まり”でもあります。現場の知恵と工夫が、デジタルの力と出会ったとき、改善は“進化”していきます。 今こそ、現場の声を起点に、製造業DXを“自分たちの手で未来をつくるチャンス”に変えていきませんか?
製造業DXの目的は顧客価値を最大化すること
製造業DXの定義を図示してみると以下の図のようになります。目的は顧客へ提供している価値を上げることです。ITツールの導入だけでなく、デジタルデータ、デジタル技術の活用に組織の変革、ビジネスモデル(顧客への提供方法)の変革を加えていく事によって、顧客価値を最大にすることです。

製造業DXを成功させて、ムダ改善の継続を阻む「3つの壁」を乗り越える
本連載では、製造業DXの意義は、ムダ改善の継続を阻む「3つの壁」を越える事と考えます。
3つの壁については前回連載の初めに触れています。「目に見えにくいムダ」「変えたくない心理」「成果の見えにくさ」という三重の壁を乗り越える必要性を説明していました。これらの壁は消えるものではないと感じられていると思います。

製造業DXは、この「3つの壁」を越える事に意義があると考えられませんか?1つ目の壁、「目に見えにくいムダの壁」を越えるために、デジタル化があります。2つ目の壁、「変えたくない心理の壁」を越えるために、組織の変革があります。そして、3つ目の壁、「事業の成果の見えにくさの壁」を乗り越えることが、DXの実現になる。このような関連付けができると考えています。
今回の連載では、製造業DXの成功のために、ムダ改善のカベを乗り越えるために、前回紹介したムダ改善の考え方をブラッシュアップしていきます。

「目の前の改善」だけでは勝てない?DX時代に現場リーダーが描くべき未来
「ビジョンや戦略は経営層の仕事であり、現場リーダーの仕事は実行である」
長く製造業を支配してきた考え方は、製造業DXの時代においては再考を迫られています。なぜなら、データやデジタル技術は現場に実装されて初めて価値を生むからです。
あなたの現場は、「5年後どうなっていたいですか?」
終わらない「今」との戦い、「班長、3号機がまたチョコ停です! リセットしても復旧しません」「Bさんが急な発熱で欠勤です。ラインの配置、どうしますか?」「昨日の不良品についての対策書、今日の昼までに提出してください」
少し手を止めて、想像してみてください。「あなたの現場で、5年後に“こうなっていたらいいな”と思う姿はありますか?」「その理想に向けて、今の改善活動はどうつながっていますか?」
今日と同じように機械が動き、今日と同じようにメンバーが汗を流している5年後でしょうか。それとも、今はまだ存在しない技術と人が融合し、想像もしなかった価値を生み出している現場でしょうか。
多くのリーダーは、この問いに対して即答することに難しさを感じます。それは能力の問題ではなく、「考え方」の問題です。
現場は「目の前の改善」に集中しすぎていないか
現場で、「DXについてどう思うか」と尋ねると、しばしばこのような声が返ってこないでしょうか。
「正直、今のやり方で何とか回っていますからね。新しいデジタルツールを入れても、覚える手間が増えるだけで現場は混乱しますよ。それに、5年先、10年先のことなんて、上の人が決めることでしょ? 私たちは今日予定されている数を、品質を守って出す。それが仕事ですから」
この言葉には、現場で働く誇りと、変化に対する防衛本能が入り混じっています。しかし、その声の裏には「このままで本当にいいのか」という微かな不安も隠されています。現場のベテランたちは肌感覚で気づいています。少子高齢化による人手不足、技術継承の断絶、短納期・多品種化への対応限界――。「今のやり方」の延長線上に、明るい未来が描けないことを。
現場は「今」を守ることにあまりにも偏りすぎています。異常があれば即座に対応し、元の状態に戻す。この迅速かつ正確な「異常対応」こそが日本の製造業の強みでした。ところが、この「今への過剰な集中」が、皮肉にも未来へのブレーキになってしまうことがあるのです。
描くべき現場の未来はDXの起点になる
未来を描くとは、現場にとっての「ありたい姿」を見つける作業です。「なぜ、私たちはここで働いているのか」「私たちの技術で、誰をどう幸せにしたいのか」。この問いに対する答え(=未来の理想像)があるからこそ、苦しい変革にも耐え、新しい技術を学ぶ意欲が湧いてくるのです。
現場リーダーが未来を構想できているとはどういう事を指すか?
「5年後には、匠の技を若手がゲーム感覚で学べるようにしたい」
「重たいものを運ぶ作業をすべてロボットに任せて、人は創造的な改善だけに集中するラインを作りたい」
こうした現場起点の「ありたい姿」こそが、製造業DXを成功させる最強のエンジンになります。
難しく考える必要はありません。たとえば、紙の記録をやめたい、ムダな確認作業を減らしたい、もっとスムーズに情報を共有したい——。それらはすべて、未来の現場を描く事になります。
改善活動は、現状を良くするだけでなく、“未来を描く力”を育てる営みでもあります。 現場からの未来構想こそが、製造業DXの起点になる。 それは、現場リーダーであるあなたの中に、すでに芽生えているのです。
VUCA時代を生き抜く「バックキャスティング思考」と視座の転換
では、多忙を極める現場リーダーは、どのようにして「未来を描く力」を身につければよいのでしょうか。ここで重要になるのが、「バックキャスティング思考」と視座の転換です。
VUCA時代における視座の転換
現代はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれます。「突然の変化に振り回されることが増えている。」「先が見えにくく、予測が当たりにくい。」「一つの問題に多くの要因が絡み合っている。」「どの方向に進めばいいか迷う場面が多い。」といった状況を感じ取っていると思います。過去の成功法則が通用せず、将来の予測が困難な時代といえるでしょう。

「過去の実績がこうだったから、来年はこれくらい伸びるだろう」「今の設備能力がこうだから、これくらい生産できるだろう」。現状をしっかりみておく事は大切ですが、それに頼りすぎると、過去の延長線上に未来があるという前提で考えてしまいます。
今の延長線上に未来があるとは限らない。変化の激しいVUCAの時代では、“今の延長”だけでは見えない課題やチャンスがたくさんあります。だからこそ、未来から逆算する『バックキャスティング思考』が必要になってきます。
これまでの製造現場は「フォーキャスティング思考」が主流でした。フォーキャスティング思考は現状から未来を予測する思考の事です。短期的な未来を考える場合や、現状や過去のデータを分析したうえで方策を考えるときに用いられます。実現性の高いアイデアを考え出す際に有効です。ただし、どうしても過去からの延長線上に未来を描くことになるので、目先のアイデアに飛びついてしまいがちです。また、未来の目標が曖昧になりがちであるというのも懸念点です。
バックキャスティング思考の活用
たとえば、“5年後にこういう現場にしたい”という理想像を描いてみる。そこから逆算して、“そのために3年後には何が必要か”、“今、どんな改善を始めるべきか”を考える。これは、現場改善の延長線上にある“未来構想力”であり、製造業DXを成功させる起点になります。
未来の“ありたい姿”を描く力が、現場リーダーの新しい武器になる。 目の前の改善に追われるだけでなく、未来から今を見つめる視点を持つことで、現場の改善は“進化”へと変わっていきます。
変化の激しいVUCAの時代において、フォーキャスティング思考を補い両輪としていくのが「バックキャスティング思考」です。バックキャスティングとは、「未来の『ありたい姿』をまず描き、そこから逆算して『今何をすべきか』を考える」思考法です。
バックキャスト思考はリーダーの問いを変える
リーダーの役割は、答えを出すことではなく、チームに「良質な問い」を投げかけることにシフトしていきます。
「今のトラブルをどう直すか?」という問いは、現状復帰を促します。一方で、「理想の状態がこれだとしたら、今のトラブルは何を教えてくれているのか?」という問いは、根本的なシステムの見直しや、新たな技術導入への気づきを促します。
例えば、頻発する設備停止に対して、「保全の回数を増やそう」と考えるのがフォーキャスティング的解決です。対して、「そもそも人が監視しなくても、予兆を検知して自己修復するラインが理想だ」とバックキャスティングで考えれば、「振動センサーとAI予兆保全の導入」というアイデアが生まれます。
視座を「未来」に置くことで、解決策の次元が変わるのです。

【実践ワーク】3つのキーワードで描く「ありたい現場」の言語化
「そうは言っても、いきなり壮大なビジョンなんて描けない」そう感じるのが普通です。未来構想力は、筋トレと同じで、日々の小さな実践によって鍛えられるスキルです。明日から現場でできる、小さな「未来構想ワーク」を紹介します。
キーワードで描く“ありたい現場”
最初から完璧な文章にする必要はありません。まずは「キーワード」を3つ出すことから始めましょう。
【アクション】
「1年後、3年後、5年後の『ありたい現場』を象徴するキーワードを3つ書き出してみよう。」
例えば、こんな具合です。キーワードとそれを現場の様子に例えてみるのです。
• 笑顔(トラブルに追われて眉間にシワを寄せるのではなく、余裕を持って働いている)
• 予知(問題が起きる前に察知して動いている)
• つながり(工程間や部門間の壁がなく、情報がスムーズに流れている)
たったこれだけのキーワードでも、現状とのギャップが見えてきます。「今は『笑顔』じゃなくて『疲弊』だな」「『予知』じゃなくて『事後対応』だな」。この気づきが、変革への第一歩です。
チームで共有することで視座が広がる
リーダーが一人で抱え込む必要はありません。朝礼や小集団活動の場を利用して、メンバーにも聞いてみてください。
「みんなは、どんな現場になったら『ここで働いていてよかった』と思える?」
「もし魔法が使えて、現場の嫌なことを一つ消せるとしたら、何を消して、どうなりたい?」
若手からは「スマホでマニュアルが見たい」、ベテランからは「若手にもっと技を教える時間が欲しい」といった声が出るかもしれません。それらの声を紡ぎ合わせていくと、チーム独自の「ありたい姿」の輪郭が浮かび上がってきます。リーダーの仕事は、そのバラバラな声を一つのビジョンという未来の姿を描くことです。
私の前職の職場では間接業務の生産性向上活動を工場全体で取り組んだことがあります。間接業務を担当しているメンバーは生産性向上を進めるにあたり、需要の変動が業務に影響すると考えるようになっていました。そこで、需要の変動に対してどのような対応をすると生産性が上がるのか下がるのか?について話しました。そうすると需要変動の意味や大きさに対しての理解がバラバラだった事がわかりました。変動という問題に対する理解がバラバラでは効果的な打ち手は生まれませんし、まず、この理解を合わせるだけでも生産性向上につながると感じていました。
DX時代の現場リーダーに求められるのは、高度なITスキルではありません(それは専門家に任せればいいのです)。求められているのは、デジタルという強力な武器を使って、「自分たちの現場をどのような姿にしたいか」を熱量を持って語れることなのです。
【まとめ】バックキャスト思考が日常の改善に変化をもたらす
未来から描いた「ありたい姿」が共有されると、日々の小さな改善活動の意味が変わります。
「楽になるために棚の位置を変える」という物理的な改善が、「未来の『笑顔』ある現場に近づくためのステップ」という意味を帯び始めます。
未来を描く力とは、今の苦労を否定することではありません。今の苦労を、未来への力へ変える事です。
「今の忙しさは、未来を楽にするための過渡期の痛みだ」と捉えられるようになれば、チームのモチベーションは劇的に向上します。
次回予告:製造現場とIT人材の「壁」を壊すチーム作り |越境学習がDXの突破口になる
自分たちの現場だけで未来を描こうとすると、どうしても発想が凝り固まってしまいます。そこで必要になるのが、自分たちとは異なる視点を持つ「異分子」との出会いです。
次回、第2回は「製造現場とIT人材の「壁」を壊すチーム作り |越境学習がDXの突破口になる」をテーマに、製造現場の常識とITの非常識がぶつかり合うことで生まれる「知の化学反応」について、具体的な実践論をお届けします。



