製造現場で働くみなさま、日々の生産管理や後輩の指導、本当にお疲れ様です。皆さんが現場を良くしようと取り組む活動の一つに「5S活動」があるかと思います。しかし、この5S活動、こんなふうになっていませんか?
年に数回、会社全体で号令がかかって一斉に大掃除。その時だけは通路も広くなって、床のラインもくっきり見え、棚の工具もピカピカになる。でも、一週間もすれば、いつの間にか元に戻ってします…。「5Sは一過性のイベントだ」「せっかく時間をかけたのになんだこれ」「いったい会社は何やっているんだろう」と、現場の誰もが感じてしまっている。そんな状況に、皆さんとしても歯がゆい思いをされているのではないでしょうか。
上からは「5Sを徹底しろ」と言われ、同僚やメンバーからは「またですか…」「今の業務で手一杯なのに…」という冷めた空気を感じる。その板挟みになりながら、「やらされ感」が現場に充満していくのを肌で感じているかもしれません。これでは、いくら号令をかけても本質的な改善には繋がりません。
もし、あなたが今、「うちの工場のことだ」と少しでも感じたなら、ぜひ今回の記事を最後まで読んでみてください。
今回は、なぜあなたの工場の5Sがうまくいかないのか、その「本当の理由」を解き明かします。そして、根性論や精神論ではありません。現場のメンバーが「これなら自分たちの仕事が楽になる!」「安全になる!」と自ら動き出すための、具体的な「仕組み」の作り方をご紹介します。ぜひ、最後までお付き合いください。
では今回も読み終えるまでのお時間、しばらくお付き合いくださいませ。
あなたの工場はなぜ? 5Sが失敗する「5つの根本原因」
さきほど触れた「やらされ感」。その正体は一体何なのでしょうか。活動が続かないのには、必ず理由があります。あなたの工場にも当てはまる項目がないか、一緒に一つひとつ、じっくり見ていきましょう。きっと、「まさに、うちの工場のことだ」と頷ける項目があるはずです。
原因1:目的の形骸化 ― ゴールが「職場をきれいにすること」になっている
「とにかく職場をきれいにしろ!」「見栄えを良くしろ!」5S活動が、いつの間にか、ただの「お掃除」や「美化活動」になっていませんか。もちろん、職場がきれいになるのは良いことです。しかし、本来の目的はそこではありません。
5Sの本当の目的は、
生産性を上げ、働くみんなの安全を確保し、会社のコストを削減することにあります。例えば、「あの工具、どこいった?」と探す時間をなくすこと。「通路のあれに躓いて、ヒヤリとした」という危険をなくすこと。それが本質のはずなのに、目的がすり替わってしまっている。これでは現場のメンバーも「ただ面倒な掃除が増えただけ」と感じてしまいます。
原因2:現場不在のルール ― 「どうせ上が決めたこと」という諦め
ある日突然、現場で作業したこともない人たちが決めた、新しいルールが壁に貼り出される。そんな経験はありませんか。「この棚の工具は、すべてあの遠いキャビネットにしまえ」「床のラインは、この色でこう引け」。
確かに見た目は整然とするかもしれません。しかし、そのルールは、実際に作業する上での効率を考えて作られているでしょうか。1日に何十回も使う工具が、わざわざ数メートル歩かないと取れない場所にあったら、どうでしょう。現場の実態に合わない非現実的なルールがトップダウンで押し付けられれば、現場には「どうせ上が決めたことだから」という諦めが広がります。これが「やらされ感」を生む最大の元凶なのです。
原因3:リーダーシップの欠如 ― 上司の「指示だけ」と「見て見ぬふり」
これは、リーダーである私たち自身が胸に手を当てて考えなければいけないことかもしれません。腕を組んで現場を眺め、「おい、そこ汚れてるぞ」「なんで定位置に戻さないんだ」と指示や注意だけをしてはいないでしょうか。
リーダーが「やれ」と指示するだけで自ら率先して行動しなかったり、活動を「監視者」としてチェックしたりするだけでは、現場のメンバーの心は離れていきます。メンバーは、リーダーの言葉ではなく、その行動を見ています。「口では言うけど、自分は何もしないじゃないか」。そんな不信感が、活動全体の士気を下げてしまうのです。
原因4:成果の不可視化 ― 「やっても意味がない」という無力感
みんなで汗を流して、乱雑だった資材置き場を整理整頓したとします。通路も広くなり、作業もしやすくなった。しかし、その成果が誰からも評価されず、どれだけの効果があったのかも示されない。そんな状態が続けば、どうなるでしょうか。
「あんなに頑張ったのに、何も変わらないじゃないか」。そんな無力感が現場に漂い始めます。改善の効果が目に見えないため、活動のモチベーションは維持できません。例えば、「整理整頓によって、治具の段取り時間が1回あたり平均5分短縮された」といった具体的な成果が共有されて初めて、メンバーは「自分たちのやったことには意味があったんだ!」と実感できるのです。
原因5:一過性のイベント主義 ― 「やりっぱなし」で終わるお祭り騒ぎ
そして、これが最も根深い原因かもしれません。5S活動が、年に数回の「お祭り」になってしまっていることです。大掃除週間や安全月間だけ、まるで一大イベントのように盛り上がる。しかし、その期間が終われば、あっという間に元の状態に逆戻り。
これでは、何度繰り返しても習慣として定着しません。5Sを継続的な改善活動ではなく、単発のキャンペーンで終わらせてしまうこと、この「やりっぱなし」こそが、失敗の最大の原因なのです。
【解決策】「やらされ感」をなくし、現場が主役になる「5Sの仕組み」構築法
さて、ここからが本題です。これまでで見てきたような失敗の原因を一つひとつ潰し、「やらされ感」を「自分ごと」に変えていく。そのための魔法は存在しませんが、誰でも実践できる「仕組み」は存在します。精神論ではなく、具体的な行動に繋がる5つのアプローチをご紹介します。
仕組み①:目的の再定義と共有 ― 「自分たちの仕事が楽になる」と腹落ちさせる
まず、リーダーであるあなたから「5Sをやろう!」と言うのを一度やめてみませんか。その代わりに、現場のメンバーとこう話すことから始めてみましょう。「最近、みんなが仕事をしていて『やりにくいな』とか『ここ、ちょっと危ないよな』と感じることはないだろうか?」
例えば、「あの治具を探すのに、いつも時間がかかってるよな」「雨が降ると、あそこの床が滑りやすくてヒヤッとするよな」。そんな現場の生の声、つまり「困りごと」を起点にするのです。そして、その困りごとを解決するための手段として、「じゃあ、探しやすくするために置き場所を決めようか」「安全のために、床のモノをなくそうか」と提案する。これが、5Sの本当の目的を共有する第一歩です。
5Sは、従業員一人ひとりの仕事を「いかに楽に、安全に、快適にするか」という、自分たちへのメリットを実感させることが何よりも重要です。その上で、「この改善で、不良品の発生率を来月までに〇%削減しよう!」といった具体的な数値目標を全員で共有できれば、チーム全体の向かうべき方向が明確になります。
仕組み②:現場主導のルール作り ― 「自分たちで決めたルール」だから守る
前の章で「現場不在のルールは形骸化する」という話がありました。では、どうすればいいか。答えはシンプルで、その正反対のことをすればいいのです。つまり、「実際にその場所で働く人たち自身が、ルールを決める」ことです。
リーダーであるあなたの役割は、答えを教えることではありません。メンバーを作業台や棚の前に集めて、こう問いかけることです。「この工具、どこにあれば一番使いやすいかな?」「この材料、どう置けば誰が見ても一目で在庫がわかるかな?」。
最初は戸惑うかもしれません。しかし、議論の中から出てきた「じゃあ、使用頻度が一番高いこのドライバーは、ここに立てて置こう」「材料の箱には、最低在庫数を太字で書いて貼っておこう」といったアイデア。それは、現場の知恵が詰まった、最高に実践的なルールです。トップダウンで押し付けられたルールは破られがちですが、自分たちで決めたルールは、不思議とみんなで守り、注意し合えるようになります。この「
当事者意識」こそが、活動を継続させる鍵なのです。
仕組み③:PDCAサイクルの導入 ― 「改善のエンジン」を回し続ける
年に数回の「5S祭り」で終わらせないためには、活動を継続させる「エンジン」を工場に搭載する必要があります。そのエンジンの名前が、「PDCAサイクル」です。難しく考える必要はありません。小さな改善を、止めずに回し続けるための、シンプルな約束事です。
例えば、朝礼の最後に5分だけ時間を取って、こう進めてみてはどうでしょうか。
P(計画):「今週は、Aラインの工具棚の整理を目標にしよう」
D(実行):「よし、じゃあ今日の午後、みんなでやってみよう」
そして翌週の月曜に、
C(評価):「やってみてどうだった?工具は取りやすくなったかな?逆に不便になったことは?」
A(改善):「こっちの工具はもっと手前がいいな。じゃあ、今週はそれを修正しつつ、次はBラインの棚を同じようにやってみよう」
このように、小さなサイクルを毎週、あるいは毎月回し続けること。5Sを一過性のイベントで終わらせないためには、この地道な継続が不可欠なのです。
仕組み④:「成果の見える化」の徹底 ― 小さな成功が次の意欲を生む
人間は、自分の頑張りが認められたり、成果が目に見えたりすると、嬉しくなって「次も頑張ろう!」と思えるものです。これは5S活動でも全く同じです。そのために絶大な効果を発揮するのが、「成果の見える化」です。
何も高価なモニターなどを買う必要はありません。現場の休憩室や壁に、大きなホワイトボードを一枚用意するだけです。そして、改善に着手する前の、乱雑な状態の場所をスマホで一枚パシャリ。改善が終わったら、きれいになった状態をもう一枚パシャリ。そのビフォーアフター写真を並べて貼り出すのです。
さらにその横に、「この改善で、〇〇の探し物時間が平均3分→10秒に短縮!」といった具体的な効果をマジックで大きく書き出しましょう。これは、単なる報告ではありません。チーム全員で勝ち取った「トロフィー」です。その写真を見るたびに、メンバーは達成感を味わい、それが次の改善への強いモチベーションになるのです。
仕組み⑤:リーダーの役割変革 ― 「監視者」ではなく「支援者」になる
そして最後に、最も大切なのが、リーダーであるあなた自身の役割です。これまでの「あれをやれ、これをやれ」と指示し、できていないことをチェックする「監視者」の役割から、卒業する時が来ました。
これからのリーダーに求められるのは、現場のメンバーが改善活動を進めやすいように手助けし、応援する「サポーター」としての役割です。
「その棚を整理したいのか。よし、新しい仕切り板が必要だな。俺が手配しておくよ」「そのアイデア、すごく良いじゃないか!ぜひ、やってみよう」。そんなふうに、メンバーの「やりたい」という気持ちを後押しするのです。
そして何より、自らが率先して行動で見せること。誰よりも先にゴミを拾い、誰よりも楽しそうに整理整頓をする。そんなリーダーの姿を見れば、メンバーの「やらされ感」は自然と消えていきます。言葉よりも雄弁なその率先垂範の姿勢こそが、現場からの本物の信頼を勝ち取る唯一の方法なのです。
5S活動の3つの実践ツールキット
前の章でご紹介した「仕組み」を、あなたの工場で動かしていくために。ここでは、今日からでもすぐに使える具体的なツール、いわば「商売道具」を3つご紹介します。難しく考える必要はありません。まずは一つ、あなたのチームで試せそうなものから手に取ってみてください。
ツール1:5S活動報告と評価との連携
「5Sは、やってもやらなくても評価に関係ない」。もし現場のメンバーがそう感じていたら、活動が長続きしないのも無理はありません。リーダーであるあなたから、5S活動が単なるボランティア活動ではなく、仕事の重要な一部であることを明確に伝える必要があります。
そのために有効なのが、5Sの取り組みを日々の業務報告やメンバーの評価と連携させることです。例えば、チームの週報や月報に「今月の5S改善ハイライト」という項目を一つ追加してみましょう。あるいは、メンバーとの定期的な面談の際に、「最近、職場の改善で何か気づいたことはある?」と5Sに関する話題を必ず取り上げるのです。
このように、5S活動を正式な業務の一部として扱うことで、「会社は、自分たちの改善活動をちゃんと見てくれているんだ」という認識が現場に広がります。それが、活動の価値を高め、「やらされ感」を払拭する力強いメッセージになるのです。
ツール2:5Sパトロール・チェックリスト(現場目線Ver.)
「パトロール」や「チェック」と聞くと、なんだか「監視されている」「粗探しをされる」といった、少し嫌なイメージが湧くかもしれません。ですから、このツールの目的を「悪いところを見つけるため」ではなく、「みんなで良くした状態を、みんなで維持するための健康診断」だと位置づけましょう。
そして、そのチェックリストは、決して上から与えられるものであってはいけません。前の章でお話しした「現場主導のルール作り」と同じように、メンバー自身でチェック項目を考えるのです。「俺たちの職場が『最高の状態』であるためには、何が守られていればいいだろう?」と、みんなで話し合ってみてください。
そこでは、例えば「床に直置きされた物はないか」や、「全てのモノに定位置と定量が定められ、表示されているか」といった、シンプルですが本質的な項目が出てくるはずです。自分たちで決めた基準だからこそ、全員が納得感を持ち、お互いに「健康状態」を気遣うような、前向きなチェック活動が生まれます。
ツール3:5S啓発ポスター・スローガン(デザインアイデア付き)
いくら良い仕組みを作っても、日々の忙しさの中で意識は薄れていってしまうものです。そんな時に、ふと目に入るポスターやスローガンが、メンバーの意識をそっと引き戻してくれる、縁の下の力持ちになります。
これも、業者に頼んで立派なものを作る必要はありません。一番効果的なのは、現場のメンバーの言葉から生まれたスローガンです。例えば、「今月の5Sスローガン募集!」と銘打って、みんなからアイデアを募るのも面白いでしょう。
そこから、「探す時間もコスト」「決めよう置き場 守ろうルール」といった、現場の心に響く言葉がきっと生まれてきます。そのスローガンを、自分たちの手でA4用紙に書き、前の章で紹介した「ビフォーアフター写真」と一緒に掲示するのです。それは、ただのポスターではありません。自分たちの成功体験と決意表明が詰まった、世界に一つだけの「勝利の旗印」になるはずです。
まとめ:さあ、本質改善への第一歩を踏み出しましょう
ここまで、5S活動がなぜあなたの工場でうまくいかないのか、その根本的な原因と、具体的な解決策としての「仕組み」についてお話ししてきました。もう、お分かりいただけたかと思います。
5Sが続かないのは、決して現場のメンバーの意識が低いからではありません。それは、活動を支え、継続させるための「仕組み」がなかった、ただそれだけのことなのです。5Sは単なる清掃活動ではなく、日々の仕事の中に改善を組み込み、働くみんなの考え方そのものを変えていく力を持つ、パワフルな経営改善システムなのです。
「やらされ感」に満ちた活動を、今日で終わりにしませんか。
リーダーが一方的に指示するのではなく、現場が主役となって、自分たちの知恵と工夫で職場を良くしていく。
そんな、血の通った本物の5S活動を、あなたの工場に根付かせる旅を、今日から始めましょう。
壮大な計画を立てる必要はありません。完璧なスタートを切る必要もありません。
まずは、あなたのチームのメンバーを集めて、こう問いかけることから始めてみてください。
「この作業、みんなで少しでも楽にするために、何かできることはないかな?」
その小さな問いかけこそが、あなたの工場を本質的な改善へと導く、最も確実で、最も価値ある第一歩になるはずです。