皆さん、こんにちは。中小企業診断士の吉岡です。
はやいもので、5Sをテーマとした連載も今回で最終回を迎えました。
これまでは、製造現場目線で、5Sをどのように実践し、また定着させるかというテーマで連載を進めてきました。

本稿では、目線を少し高くし、それらを組織としてどのように推進していくかについて触れていきます。
現場がどれだけ5Sを推進する努力をしたとしても、会社がそれを支援したり、評価する仕組みがなければ、従業員のモチベーションに依存する取組になってしまい、形骸化してしまう恐れがあります。
そもそも、これまでの連載でも触れてきましたが、5Sは会社の競争力に直結する取り組みです。
しかしそれは、現場の改善と経営の意思決定が同じ方向を向いたときにはじめて、効果を発揮します。
最終回となる今回は、5Sを経営戦略としてどのように位置づけ、どのように全社へ広げ、そして継続させるのかを整理します。
現場だけでも、経営だけでも成立しない、組織としての5Sのあり方を考えていきます。
5Sを「経営戦略」として位置づける
5Sは“現場の取り組み”として語られることが多い活動です。
しかし本来の役割は、整理・整頓の徹底や清潔な環境を保つことだけではありません。
現場の品質、コスト、安全、そして人材の動きまでを左右する“経営基盤”に直結しています。
ここからは、5Sがどのように経営戦略として機能するのかを整理していきます。
5Sが利益改善・コスト削減に直結する理由
5Sが利益に影響する最大の理由は、「ムダの削減」が仕組みとして内蔵されている点にあります。
整理によって不要物がなくなると、探す時間・置き場所の管理・在庫管理の手間が確実に減り、棚卸作業も軽くなります。
不要在庫を抱えるリスクも減るため、仕入過多による資金の圧迫や、長期滞留品の廃棄損の発生も抑えられます。
つまり整理は、キャッシュフローの改善とBS(貸借対照表)の健全化にまで影響します。
整頓によって定位置管理が徹底されると、作業の流れが途切れにくくなり、実働時間のロスが減ります。
作業者が探し物に費やす時間は、現場では“数十秒の積み重ね”に見えますが、年間で換算すると数十時間、職場単位では数百時間に達します。
これは「人件費という固定費の有効活用」に直結し、実質的な生産性改善につながります。
清掃・清潔によって機械トラブルの予兆を早期に発見できれば、突発停止を防ぎ、設備保全コストの“急激な山”を避けられます。
突発停止は、修理費用そのものよりも“設備が止まっていた時間の機会損失”が大きな負担です。
この機会損失を防ぐという点で、清掃・清潔は経営に対するリターンの幅が最も大きい活動と言えます。
これらはすべて、直接的なコスト削減、稼働率の向上、機会損失の回避につながる要素です。
5Sは「整理・整頓・清掃をするための活動」ではなく、「生産性と利益を守る管理手法」に位置づけられます。
小さな行動改善の積み重ねが、粗利率・営業利益率といった経営指標の底上げに直結する点こそ、5Sの本質的な価値です。
5Sが人材定着やモチベーションに与える影響
整理され、整頓され、清潔が保たれている現場は、作業者にとって“働きやすい場所”になります。
何がどこにあるかが明確で、手順に迷わず、ムリな姿勢や不安要素が少ない。
この状態は、作業者の心理的負担を減らし、ストレスの少ない職場環境を生みます。
また、5Sが定着している現場は品質や安全性が安定するため、ミスやトラブルが減り、
結果として「働きやすい職場=辞めにくい職場」になります。
人材不足が深刻化する時代において、
人が辞めない環境づくりは、企業にとって大きな競争力となります。
特に熱量ある社員にとっては、目的意識をもって機能している職場というのは、魅力的に映るものです。
一方は、5Sが出来ていなくて、それを改善する気がない会社。
一方は、5Sを目的意識をもって行っており、さらにそれを改善しようとしている会社。
このような二つの会社が同時に存在するときに、熱量ある人材がどちらを選び、どちらの定着率が高いかは、考えるまでもなく後者でしょう。
確かに、必ずしもその取り組みが5Sである必要はないのですが、前述のメリットから考えると、5Sもその対象とすることは合理的であると言えます。
5Sは職場環境の改善を通じて、離職防止・モチベーション維持にも貢献します。
現場と経営をつなぐ共通言語としての役割
5Sには、現場と経営をつなぐ“共通言語”としての大きな価値があります。
現場ではムダ、改善、異常、品質といった言葉が日常的に語られますが、これらは経営が重視する利益、効率、リスク低減、人材育成と、実はそのまま対応しています。
5Sが定着している企業では、この言語が自然と組織全体に共有され、意思決定のスピードが速くなります。
例えば、5Sの取り組みはそれぞれ以下のような経営に対するメリットがあります。
- 整頓:探すムダが減り、生産性の向上=人件費という固定費の有効活用
- 清掃:異常の早期発見につながり、設備保全コストの抑制
- 清潔:品質と安全の安定につながり、クレーム減少や不良損失の低減
このように、5Sの改善項目は、現場の目線では“日々の行動改善”でありながら、経営の目線では“財務指標そのもの”と結びついています。
現場が「異常を発見しました」と報告すれば、経営はそれを「リスクの早期検知」として理解できます。
現場が「改善しました」と言えば、経営はそれを「生産性の向上」「コストの低減」「品質の安定」といった指標と関連付けて判断できるようになります。
この“翻訳の必要がない状態”が、組織の改善スピードを加速させます。
5Sが現場だけの活動ではなく、経営戦略として位置づけられるべき理由はここにあります。
現場と経営をつなぐ“共通基盤”としての5Sは、組織の競争力を底上げする重要な役割を担っています。
全社的な仕組みづくりと横展開
5Sが定着する企業と、途中で止まってしまう企業の差は、「人の努力」ではなく「仕組みの有無」によって生まれます。
現場の熱意は重要ですが、それに依存している限り、担当者の異動や繁忙期が訪れた瞬間に活動は鈍化し、やがて形だけが残る取り組みになってしまいます。
5Sを全社的に根付かせるためには、個々の現場の取り組みを“組織の仕組み”に転換し、部署横断で広げていく工夫が欠かせません。
ここでは、5Sを組織的に推進するための三つの視点——見える化、横展開、資産化——について整理します。
成果の「見える化」と共有の仕組み
これまでの記事でもたびたび触れてきましたが、見える化は、5S活動の継続力を決定づける最も基本的な仕組みです。
どれだけ良い取り組みでも、成果が見えなければ、人は「本当に効果があるのか?」と疑問を持ち、次第に手が止まります。
見える化の第一歩は、整理・整頓・清掃のBefore/Afterを写真で残すことです。
何が変わったのか、どれほど改善されたのかが一目でわかり、現場のモチベーションも高まります。
これは記録であると同時に、「目指すべき基準を固定する」という意味でも効果があります。
さらに、改善の成果を現場の枠を超えて“共有”する仕組みを設けると、活動の勢いが全社に広がります。
掲示板や社内SNS、朝礼での共有、小さな表彰制度など、共有方法は様々ですが、共通して重要なのは「改善が可視化される場を持つ」ことです。
理想は、経営層が積極的に表彰対象の選定に関与したり、表彰の場でねぎらいを掛けることでしょう。。
現場で閉じる取り組みではなく、会社として行っている取り組みであり、経営層も認知や関与している取り組みであると現場に示すことで、経営と現場の結びつきが生まれます。
見える化は、現場の意欲を引き上げ、経営が状況を把握しやすくし、次の改善につながる土台をつくります。
部署間・工場間のベストプラクティス共有法
同じ会社であっても、部署や工場ごとに改善のレベルは異なります。
その差を“格差”として捉えるのではなく、“学び”として活用するのがベストプラクティスの共有です。
共有のポイントは二つあります。
一つ目は、「良い取り組みがどこにあるのかを見える化する」こと。
二つ目は、「その取り組みを他部署でも再現可能な形で分解する」ことです。
例えば、工具管理が優れている部署があれば、その定位置管理の基準、ラベルの付け方、点検の方式まで具体的に分解し、写真やチェックシートごと共有します。
ただ“真似してください”と言うのではなく、成功の要素を抽出し、誰でも使える形で提供することが重要です。
工場間でも同様です。
不良率が大幅に改善した工場があれば、その背景には必ず整理・整頓・清潔の取り組みが存在します。
改善の理由を分解し、他工場がそのまま取り入れられる状態に整えることで、成果が横に広がっていきます。
例えば、ある部署の取り組みを参考にしたら、その部署へメッセージを送る機能(サンクスカード等)などがあるといいでしょう。
部門間での繋がりや結びつきが強化され、社内の雰囲気の改善にも貢献するかと思います。
横展開は、個々の現場の知見を“会社の共有財産”へと変えるプロセスです。
この仕組みが整うと、会社全体の改善スピードが劇的に向上します。
小さな成功を組織的な資産に変える
5Sの本質は、「小さな改善を積み重ねる活動」であることにあります。
大規模な設備投資を必要としない一方で、これらの改善は放置しておくと属人的な努力として消えてしまいます。
そこで重要なのは、小さな成功を組織的な資産に変えることです。
そのためには以下の三つの視点が不可欠です。
- 成功の背景にある理由を言語化する
- 再現できる形で標準化する(ルール化・手順化)
- 他部署・他工場でも使える状態にして公開する
例えば、部品取り違えゼロを達成した現場があったとします。
その裏側には、色分けの工夫、表示の改善、保管方法の見直し、作業手順の整理など、複数の工夫が積み重なっています。
これらを整理し、文書化し、写真とともに共有することで、成功が一時的なものではなく「仕組み」として残ります。
小さな改善を積み重ね、標準化し、横展開することで、5Sは単なる“現場の努力”から“組織の財産”へと変わります。
この状態に達したとき、5Sは真に経営戦略として機能するようになります。
継続的改善を支える仕掛け
5Sは、一度定着したように見えても、少し気を抜けば元に戻る性質があります。
だからこそ、5Sの本質は “やり方” よりも “続ける仕掛け” にあります。
継続性を担保する仕組みが整っている企業は、時間とともに改善が加速し、逆に仕組みがない企業は、どれほど一時的に成功しても活動が途切れてしまいます。
ここでは、継続的改善を支える三つの仕掛け──リーダーシップ、制度との連動、外部との関わり──について整理していきます。
経営層が示すリーダーシップと継続メッセージ
5Sを継続させるうえで、経営層の姿勢は決定的な影響を持ちます。
現場がどれだけ努力しても、経営が関心を持たなければ活動は長続きしません。
一方で、経営層が継続的にメッセージを発信し、現場に寄り添い、改善に関心を示す企業では、5Sは自然と文化として根付いていきます。
重要なのは、経営層が「やりなさい」と命じることではありません。
現場の取り組みに目を向け、成功を認め、改善の方向性を一緒に確認することです。
経営が関わり、成果を認めることで、現場は「自分たちの改善が会社の力になっている」と実感し、取り組みが加速します。
この“組織の重心の揃い方”が、5Sの継続力を決める要因になります。
評価制度・教育制度との連動
改善を組織が本気で続けたいなら、制度の後押しが必要です。
制度に組み込まれていない活動は、忙しい時期に真っ先に削られてしまいます。
また、本来的に5Sが経営戦略であるなら、それに対して成果を挙げた社員は評価されてしかるべきでしょう。
逆に言うと、5Sが評価に反映されないなら、それは会社が経営方針に掲げているとは言えないでしょう。
評価制度では、単に「数字の成果」を見るのではなく、
- 改善への参加度
- 継続状況
- チームとしての取り組み
といった行動面の評価も組み込むことで、改善が“やって終わり”ではなく“日常の仕事”として扱われるようになります。
教育制度も同様で、新人教育に5Sを組み込む企業は、文化定着のスピードが圧倒的に速くなります。
入社時に「これが当たり前」と理解してもらえれば、後から強制する必要はなくなります。
また、管理職研修に5Sの視点を加えることで、“見方”が揃い、判断軸が統一されます。
制度と連動した5Sは、担当者の努力に依存しない“揺るがない仕組み”になります。
外部発表や見学受け入れによるモチベーション維持
5Sを続けるうえで、外部との関わりは想像以上に大きな効果を持ちます。
他社の見学者が来る、外部発表の場がある、表彰制度にエントリーする──こうした機会があるだけで現場の意識は明確に変わります。
外部の目が入ると、現場は自然と“見られる側”としての意識が働きます。
これは単なる緊張感ではなく、「自分たちの取り組みを誰かに伝えられるレベルにする」という前向きなエネルギーにつながります。
現場の従業員は自社以外の取り組みを見る機会が少ないので、外部の方から自社の取り組みを褒めてもらうことで、自社の先進性を改めて理解するいいきっかけになることでしょう。
また、他社の見学に行くことも学びの宝庫です。
自社では気付けなかった改善の視点を持ち帰り、横展開することで、改善の質が一段上がります。
また、他社と比較して自社が優れている点を見つけられたら、それもまたモチベーションに繋がるでしょう。
さらに重要なのは、外部発表や見学によって“改善のストーリー”が可視化されることです。
現場は自分たちの努力が認められ、会社は対外的な価値を発信できる。
双方にとって大きなメリットがあり、5Sが組織として成熟していく契機にもなります。
改善が続く企業は例外なく、外部とのつながりを大切にしています。
外部との接点が、改善を続けるエネルギーを生み出すからです。
まとめ
これまでの連載を通じて、5Sは単なる整理・整頓の活動ではなく、現場の品質・安全・コスト・人材定着といったあらゆる領域に関わる“経営基盤”であることを見てきました。
整理や整頓でムダを減らし、生産性を向上させ、清掃や清潔で設備トラブルや品質リスクを抑え、しつけによって文化として根付かせる——。
これらすべてが積み重なることで、5Sは現場のレベルを超え、会社全体の競争力を底上げする仕組みへと変わります。
第5回では、その5Sを経営戦略としてどう扱い、どう広げ、どう続けるかを整理してきました。
成果の見える化によって改善が共有され、横展開によって成功が会社の財産となり、制度や外部の刺激が継続を支える。
この一連の仕組みが整うと、5Sは担当者の努力に依存する活動ではなく、組織全体で自然と続いていく文化になります。
5Sは、決して豪華な投資を必要とする取り組みではありません。
日々の小さな行動を積み重ね、仕組みとして整え、組織として学習し続けることで、生産性・品質・安全・人材のすべてを高めていくことができます。
この連載を通じて、自社で5S活動を始めるきっかけになれば幸いです。



